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engage1 君だけを愛す著:ふゆの仁子

「あっ………!」
 永見の口から声が漏れる。十分に慣らされていない場所から、強い衝撃が全身を貫いていった。
「痛い?」
 荒い息とともに吐き出された伊関の言葉に、永見は無意識に頭を横に振る。きつく閉じられた目には涙が溜まっていた。
 伊関のほんの僅かな動きも、直接繋がった部分からすべて永見に伝わる。痛みなのか快感なのか、朦朧としてきた頭では理解できなくなっていた。
「拓朗……」
 甘えるように永見は伊関の名前を呼びながら、腰に両方の足を巻きつけてくる。そうすることで、二人の身体がより深く繋がる。
 細かい襞の締めつけで永見の体内の伊関も確実に硬度を増していく。
「潔」
 伊関は優しい声で永見に応じ、ゆっくり腰を動かす。
「はぁ……拓朗……あ」
 突き上げられるたびに、永見の口から甘い喘ぎが零れる。扇情的な声に永見の肩に手をかけると、彼の手はきつく伊関の首に巻きついてくる。お互いを見つめ合い、引き寄せられるように唇を重ねる。そして根元まで深く絡ませながら、頂上を目指して急激に登りつめていった。

 汗ばんだ肌が冷えるのは早い。
 身体を離すとすぐ、熱が冷気にさらわれていく。永見は小さく身震いして、くしゃみをした。
「寒い? 大丈夫?」
 床に脱ぎ散らかしたシャツを拾っていた伊関は、永見の様子を窺ってくる。そう言う伊関はかろうじて下着をつけているだけという格好で、よほど永見より寒そうだった。
「私は平気だ。それより、何か着なさい」
 永見は苦笑いを浮かべる。
 そうして笑う表情からは、たった今まで伊関の前で見せていた痴態はとうてい想像できない。
「俺は大丈夫、まだまだ若いからね。なんなら今ここでもう一度証明してもいいけど?」
 激しい運動をした後にもかかわらず、伊関はまるで疲れている様子を見せない。これが若さなのだろうと思いながら、永見は真顔になる。
「ちょっとここに座りなさい」
 永見はシャツを肩に羽織っただけの格好でソファに起き上がり、自分の横を示す。まだ身体中が弛緩しているせいか頭もはっきりしていないらしく、動きは緩慢でこめかみ辺りを指で押さえている。
「頭痛、ひどい?」
 伊関は永見の手を取り、甲にキスをして横に腰を下ろした。
 あまりにさりげなく当たり前のようにされるその仕種に、永見はなぜか赤面した。
「潔」
 耳まで赤く染めて自分から目を逸らす永見を不思議に思って、伊関は声をかける。
「熱でもある……?」
 伊関が額に伸ばす手から、永見は身を引いて逃れた。
「どうしたの?」
 どうしたと聞かれても永見自身、答えようがない。
 セックスまでしている仲なのに、今さら手にキスをされたことぐらいで照れているとは、口が裂けても言いたくない。
「昨日、館野さんがうちに来た」
 高鳴る心臓を必死で抑え、永見は仕事の顔を懸命に繕う。
「誰、それ」
 逃れようとする細くしなやかな手をしっかり両手で掴んだまま、伊関は応じる。
「杉山電機の広報部の部長だ。あれだけ毎日顔を合わせていたのに、もう忘れたのか」
「ああ。あそこの館野さんか。思い出した」
 しばしの考慮ののち、伊関の頭の中に一人の男の顔が浮かぶ。
 杉山電機とは、関西に本社を置く、日本有数の家電メーカーである。
 近年マルチメディアと総称されるジャンルにも手を伸ばし、昨年、業界のトップをきって『誰にでも使える、未知のマルチメディアを杉山電機が確立します』というキャッチフレーズで、比較的操作が容易な家庭用パソコンの通信システムを開発し、破格の値段で販売した。さらにその周辺機器一切を同様のキャッチフレーズで大々的に売り出した。
 これまで保守的だった杉山電機にしてみれば、今後の社運を賭けるとも言える分野の製品だった。その情報・広告・宣伝のすべてを、広告業界トップを走る株式会社電報堂、それも情報宣伝営業部の企画課の課長である永見潔に名指しで依頼してきた。
 金はいくらでも出す。企画にも一切口を出さない。その代わり、失敗は許されない。
 これが杉山電機の永見に示した依頼条件だった。
 そして伊関拓朗こそ、永見がこの広告のためにほぼ一年前に探し出した、ただ一人の人間であった。
 永見の手がけたCMにより、杉山電機のマルチメディア戦略のイメージキャラクターとして、伊関は鮮烈なデビューを果たし、そのCMの勢いとともに杉山電機の新製品は爆発的な勢いで売れた。
 商品は発売より遥か前に予約段階で完売し、急遽すべての工場をフル稼働させて追加生産にかかったが、発売後一か月は店頭に商品が並ばないどころかさらに追加注文が殺到するという近年に稀なほどの凄まじい売れ行きを残した。
 その後伊関は、このCMでの人気をきっかけに、本業であった俳優としても着実に出世街道を歩み、僅か一年でテレビのトレンディドラマでも欠かせない存在となった。
 館野雄一はその杉山電機の社員であり、電報堂との一切の連絡担当者であった。
 一流上場企業の広報部部長の館野は、その役職にありながら、どちらかと言うとおっとりした人物に見られがちだった。
 四〇代前半の、白髪の混ざった豊かな髪で、常にグレーの背広に身を包んだ笑顔の優しい感じのいい人で、遠くで聞く声は低くて優しかった。なぜあれだけ世話になりほとんど毎日顔を合わせていながら、彼の存在を忘れていたのか、伊関自身不思議であった。
「本当に忘れていたのか?」
 呆れたように永見に言われ、伊関は黙り込む。
「一度拓朗の頭の中を見てみたいものだ」
「いいじゃないか、思い出したんだからさ。それで、館野さんはなんの用事で潔の所に来たの?」
「仕事だ」
 永見はあっさり答える。
「そんなのわかってる。館野さんが仕事以外で、わざわざ大阪から出てくるなんて思わないから」
「どうだか?」
 意味深な笑いを一瞬浮かべて、永見は唇だけ動かして伊関に聞こえるか聞こえないかの声で呟く。だが、どこか上の空だった伊関はその言葉を聞き逃し、永見の次の言葉を待った。
「また、例の製品の件で依頼があった」
「へえ」
 素っ気ない永見の言葉を伊関はそのまま受け取る。
「新しいハードでも作ったの?」
「そうだ。それをまた大々的に宣伝するらしい」
「今さら大々的にしなくたって、十分有名じゃない」
「世の中、そう甘くはない」
 永見は伊関に捕らえられたままでいた手を払って立ち上がると自分の部屋からA4サイズのファイルを持ってきた。
「今度ヤスダでも同じような製品が開発生産され、すぐ宣伝、販売にかかるらしい」
 永見はパラパラとページを捲る。
 米国資本であるヤスダ・コーポレーションは、これまでおおむね杉山電機よりも若年齢層を対象に、主として音楽関係の製品に力を入れてきた家電メーカーで、これまでコンピューター業界には参入していなかった。
 しかし企業規模や資本は杉山に匹敵する。そんな企業がマルチメディア分野に本腰を入れるとなると、杉山電機が危機感を抱くのも、ある意味当然だ。
「これを見なさい」
 永見は該当箇所を開き伊関に見せる。永見の肩の上に頭を乗せながらファイルを覗いた伊関は、思わず目を見開いた。
 そこには以前永見が作成したものを、明らかに意識して作られたとわかる広告があった。宣伝方法も広告デザイン自体も、永見が作成した物とはまるで異なる。だが、だからこそ根底にライバル意識が見え隠れしている。
 おまけにまだコピーが入っていない広告の中心に立つ人物は、世間で伊関のライバルと言われている、モデル兼俳優の東堂潮だった。
 裏から手を回し、公になる前の物を手に入れたが、ほぼ決定稿に近い。
「企画制作は秋沼アド。イメージキャラが東堂潮。さらに、イメージソングはM・モーションときている」
 見事なまでに、杉山電機がCMに使っていたもののそれぞれのライバルである。
 広告代理店である秋沼アドは、電報堂に大きく溝をあけられてはいるが、業界二位を常にキープし、着実に業績を上げている。
 M・モーションというバンドも、ドラマの主題歌を担当して以来あっという間にメジャーとなったロックグループで、杉山電機のCM曲を担当していたルナテイクとはデビュー当時から何かと比較されていた。
 そして東堂潮の起用だ。数か月前にデビューした彼は年齢こそ伊関より下だが、デビュー直後から明らかに伊関を意識した売り出し方をしている。
「ここまで敵対心をあからさまに見せつけられたのは久しぶりだ」
 嬉しそうに目を細める永見は、広告業界にこの人ありと言わしめる人物である。
 入社当時から、センスと頭の回転の良さ、強引とも言えるやり口で順調に仕事をこなし、何本もの大ヒットCMを手がけ、入社三年目にして、『永見に任せれば間違いなし』と言われるようになっていた。
 弱冠三二歳でありながら、広告業界トップの株式会社電報堂の中で、エリート集団である情報宣伝営業部企画課課長というポストに就いているのも、当たり前と言える。
 課長職に就いてからは、伊関を使った杉山関連の件以外は前線から退いてはいるものの、いまだその影響力は絶大だ。それゆえ面と向かって永見に喧嘩を売ってくる者は、ここ数年というものまるでなかった。
「秋沼アドに、久々に骨のある人間が現れたようだ」
 永見はまるで、飢えた獣が久々の獲物を見つけたような表情を見せる。
 それは伊関が初めて目にする顔だった。
 ただでさえ赤い唇に明白な朱が混ざり、眼鏡の奥の瞳がギラギラと強い光を放つ。全身から漲るオーラは見ているだけで興奮する。伊関の知らない貪欲さを含んだ魅力的な永見の姿に、伊関の身体の奥にえもいわれぬ衝動が芽生える。
「潔………!」
 突然の欲望を抑えきれるわけもなく、伊関は永見の身体に再び伸しかかった。
 ソファのスプリングが沈み、ファイルが床に落ちる。
「拓、朗……」
 抗う間を与えず、すぐさま伊関は左右に永見の足を大きく開き、小さな窄まりに猛った自分の欲望を押しつける。つい先ほどまで伊関を受け入れていた場所は、比較的すんなりそれを許容した。
「あ……ん、ん……」
 不安定な体勢で伊関に抱かれながら、それでも永見の表情は変わらなかった。

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