「お前、伯爵のくせに言葉遣いが悪いな」
麦茶を飲みながらの明の突っ込みに、エディはさらりと言い返す。
「若い人間達の口調を参考にしたからじゃねえの? 結構気に入ってんだけど、この口調」
「あ、そう」
明はおざなりに返事をすると、「早く話せ」とエディを急かした。
「同族の舞踏会を城でした時のことだ。最初は、『どの地域の人間が一番旨いか』で盛り上がって。けどそのうち、仲間の一人が『遙か東の外れに小さな島国があり、丸々肥えた人間がウジャウジャいるらしい』っつー話を始めてだな…」
「それが日本のことか」
「ああ。俺も昔、極東にジパングと呼ばれる黄金郷があるって話を、何かの本で読んだことがあったけど、その時はあまり気にしなかった」
「つまり、黄金郷には興味は湧かないが、丸々肥えた人間には興味が湧いたと」
「当然だっての。俺様は吸血鬼、人間達は餌だ」
エディは再びスイカを囓り、話を進める。
とにかく、「極東の島国」に興味が湧いたエディは、数日のうちに支度を整えて仲間と共に出航した。
エディ達は、「乗組員は人間だし、途中でお腹が空いたら食べちゃうかもしれない。そしたら誰が船を動かす?」ということで、現地に到着するまで棺桶の中で眠っていることにした。
今思えば、これがよくなかったのだろう。
海はいつでも凪いでいるわけではない。
船は運悪く大嵐に見舞われ大破。
エディの入った棺桶は、波間を漂流。仲間の棺桶ともはぐれてしまった。
棺桶は漂流の末、東南アジアの貨物船に引き上げられた。
船員達は蓋を開けて中を確かめようとしたが、どんな道具を使っても棺桶に傷一つつけることができず、古物商に売り払った。
その古物商は古物商で、日本から買い付けにやってきた古物商に、「これはさる貴族が作った物で」と、勿体ぶった理由をつけて売った。
そして日本の古物商は、新しくオープンさせるアンティークショップのウインドゥディスプレイにしようと、倉庫で厳重に保管した。
「それが、今から十年前のことだ。ちっと寝過ぎたらしい。けど、すっげー腹が減って、さすがの俺も目が覚めた」
「何百年も棺桶の中で寝てたのか?」
「ああ」
「年、取らないのか?」
「バカかお前。人間と一緒にするな。俺達の一族は老いない。成人したら、その時の姿のまま生きる。ただ、あんまり血を吸わない時期が長いと、皺が目立ってくるけどな」
「じゃあ、十年前に起きた時は…」
「おう。結構皺くちゃ。ソッコーで五人ほど食った。腹が減ってたから、そこそこ旨かった」
「こ、殺したのか?」
「まさか! 餌の血を吸って片っ端から殺しまくったら、増えねぇだろ? たくさんの餌から、『ちょっと貧血かな?』って程度の血を吸って回る。そうすりゃ、餌は死なずに適当に増えていく」
バカにしたような顔のエディに、明はムッとしながらも「牛から牛乳を絞るようなものか。……って、に人間は家畜じゃない」と尋ねた。
「どこが違うんだ? どっちも動物だ」
人をバカにした薄気味悪い言葉に眉を顰めつつ、明は素朴な疑問を口にする。
「けど、眠ってる間のことをよく覚えているな」
「そーいうのは、棺桶が記憶すんの」
「ず、随分便利な……」
「貴族の棺桶は、全て特別製だ。後で見せてやる」
「いや、別に見せてもらわなくてもいい」
「人がせっかく見せてやろうってのに、見ねえのかよ!」
「お前は人じゃないだろうが!」
「あ、そっか」
エディは「あはは」と笑って、頭を掻いた。
「で、十年前から日本に生息してたのか?」
「生息って言うなー」
「それ以外なんて言うんだよ。俺が知るか」
「まあ、その、だな」
「ん?」
エディはチマチマと明に近づき、彼の顔をじっと見る。
「日本に住んで十年。お前ほど親身になって俺の世話をしてくれた人間はいなかった」
「俺が世話をしたのはコウモリで、吸血鬼じゃねえっての」
「しかし、そのコウモリは俺が変化したもんだから、一緒だろ?」
「ま、まあ、そう言われれば……」
明は、じわじわと近寄ってくるエディに警戒しながら、ぎこちなく頷いた。
「故郷を離れて数百年、これほど嬉しいと思ったことはなかった。お前は、優しい人間なんだな。顔も俺好みだし……」
「お前は、その優しくて自分好みの人間を餌にしようとしたんだぞ?」
明の口調が、さっきより優しく感じるのは気のせいだろうか。
「それは謝る。ここ何日か、ちゃんとメシ食ってなかったんだ。それにお前は、物凄く旨そうな匂いさせてたし、実際味見したら、すっげー旨かったし」
エディは苦笑して、明の額の傷を指先でちょんと触った。
明は逃げない。
よっしゃ! 情に訴えての泣き落としまで、あと一歩だっ!
エディは心の中で「イエス、イエス!」と何度も繰り返し、言葉を続ける。
「俺が眠っている間に、世界はとんでもなく変わってた。……インターネットで調べたら、俺の住んでいた城は観光用のホテルに改装されてたし、渡り鳥のネットワークでも、同族の行方は分からねぇそうだ。つまり俺は、人間の中にぽつんと一人ぼっち」
「……もしや、パソコンが使えるのか?」
「あんなん簡単だ。すぐ覚えた」
「鳥と話ができるのか?」
「おう。鳥だけじゃねぇ。動物は全部だ。みんな俺の召使いみたいなもんだから。ただし、犬はダメ、犬は。俺と相性が合わねぇらしくて」
「凄いな」
動物と話ができるなんで、ドリトル先生みたいじゃないか!
動物と話ができたらどんなに楽しいだろうと、誰でも子供の時に一度は思うものだ。
そんな凄いことを、エディは簡単にやってのける。
明は、相手が吸血鬼だということを忘れ、無性に羨ましくなった。
「正体を明かして名前を教えるなんて、明が初めてだ。一人ぼっちになったから寂しかったのかもな」
「エ、エディ?」
「もしお前が許してくれるなら、俺はお前とずっと一緒にいたいと思ってる」
エディは明の頬を片手でそっと撫で、寂しそうに微笑む。
「……俺の血を吸わないって約束するなら、その、考えてやっても」
綺麗な顔に迫られると、性別に関係なくドキドキしてしまう。明は、頬を赤く染めて、やっとそれだけ言った。
「ああ。明が『吸っていい』と言わない限り、俺はお前の首筋に噛み付いたりしねぇ」
やったっ! 同居オッケーッ! 絶対に「吸っていい」って言わせてやるっ! こんな旨い餌を放っておけるかってんだっ! 今に見てろ!
持久戦に持ち込んでも、明の血を吸いたいらしい。
エディは心の中で、歓喜の歌を歌いながら両手の拳を振り上げる。
「んじゃ、お近づきの印に」
「は?」
明は、自分が何をされるのか分からないまま押し倒された。
エディは明の上に覆い被さると、彼の唇に自分の唇を押しつける。
最初は、包み込むような優しいキス。
それから角度を変えて、徐々に激しく口づける。
「ん、んーっ!」
明はエディを押しのけようと両手を突っ張るが、彼の体はびくともしない。
近づきすぎてピントが合わないが、エディの瞳が青から深紅に変わっているのはぼんやりと見えた。
このっ! バカ力のホモ吸血鬼っ!
言葉にできない憤りを拳に変えて、明はエディの胸を叩く。
だがエディは、離れるどころか一層激しく唇を貪った。それだけでなく、片手を明の下肢に忍ばせ、ジーンズのファスナーを下ろす。
「んっ!」
エディのひんやりとした手が、下着越しに明の雄をそっと包んだ。
「家賃の代わりだ。うんと気持ちよくしてやる」
「や、やめろ……っ」
「そうやって睨んでいられるのも、今のうちだ」
布越しに扱かれ、もどかしい快感が背中を駆け上がっていく。明は腰を捩り、エディの手から離れようとした。
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