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EVERY MAN IS THE ARCHITECT OF HIS OWN FORTUNE
誰もが自分の運命の建設者である。
◇1章 星見のヒソク
その部屋にいた俺以外の人間は、甲冑を身に着け、腰に剣を下げた兵だった。
塩水を大量に飲まされた。吐いたあとは身体がふらふらして、立っているのがやっとだった。
服を脱がされ、頭に巻いたターバンまではぎとられて、俺はすっぱだかになった。兵は俺の脚を肩幅に広げて、「動くな」と命じた。
細長い棒を尻にさされて、嫌悪感で身体がびくついた。冷たい金属の棒は内側をさぐったあとに内臓を押し上げて、吐いたばかりの胃がきゅうといやな音をたてた。
おおよそ人に対する配慮などない、ぞんざいな手際だった。俺が女だったとしても、同じように腹の中を調べられるのだろうかと、幼い妹を思い浮かべてその光景にぞっとした。
「武器の所持はない。中へ通せ」
裸のまま次の部屋に通された。さっきまでのそっけない部屋とは違い、むせかえりそうな花の香りがあふれていた。
そこには、数人の女が布を手に立っており、いちように白い服を着て濃い化粧をしていた。いいにおいは、ひょっとして彼女たちからするのかと思えば、部屋のすみでなにかを焚いていて、そこから香っているようだった。
部屋の中央には、人ひとりがすっぽり入れる程の、銅板でできた長方形の箱が置かれていて、中には澄んだ水が溜められていた。
冷たいことを覚悟したけれど、あたたかな湯だった。部屋と同じで、水からも花の甘いにおいがした。
ひとりの女に腕を持ちあげられて、布でこすられた。すました顔に、少しだけ嫌がるような表情が浮かんだけれど、丁寧に身体を洗われた。
嫌がったのはきっと、俺の肌が浅黒いせいだ。彼女のきめこまやかな白い肌と違って、色の濃い肌は奴隷のしるしで、くせのある黒髪も、金髪や赤毛が多いこの国では異質なものだった。
「めずらしいわね。男の子が、アジュール様に召し上げられるなんて」
「そうねえ、ヴァート様ならいざしらず。あの方の美少年狂いは相当なものよ。緑の宮殿なんて、侍女すら置いていないってうわさでしょう。身の回りのことまでさせているって聞いたわ」
クスクスと笑いあうささやき声が、静かな部屋に響く。
そばで様子を見ていた女が視線を投げかけて、「あなたたち、おしゃべりもたいがいになさい」と、凛とした口調でしかりつけた。
「申し訳ございません、ルリ様」
ルリと呼ばれた女は、白い服を着た女たちと違って、ひとりだけ空色の服を着ていた。同じ色の瞳をして、美しい金色の髪を頭の後ろでまとめている。
二十代前半くらいだろうか、背を伸ばしたたたずまいは口調と同じで凛としていたが、目じりが少しさがった柔和な顔立ちをしていた。
それから誰もしゃべらなくなり、部屋中がシンとしたので、俺を洗い終わるまで水音だけが響いた。
身体を拭かれて、淡い色の布を羽織らされる。
腰骨の位置でひもを結ばれたが、腰がうすっぺらいせいで、すぐにゆるんでしまう。ルリはあきらめたようにへその位置で結び直した。
王都では、上下にわかれた服を着て、その上から重ねて布を巻きつけることが普通のようだった。
俺の住んでいた西方の街は、裕福ではなく、麻布をまとっただけで出歩く者も多かった。
「ヒソク様、こちらへどうぞ」
つまらないことを考えていたので、自分のことを呼ばれたと気づくのに、間があいてしまった。
ルリのあとについて、宮殿の廊下を歩いた。
宮殿の庭は緑があふれていて、ナツメヤシの樹が植えられていた。生命力の強い原色の花が咲き乱れ、日差しの中できらきらと輝いている。
廊下の先に兵が立っていた。藍色の服を着て、腰から剣を下げていた。すらりと背が高く、整った顔立ちをしている。白に近い銀髪を頭の後ろでひとつにたばねていて、肩につくくらいの長さだった。
兵はルリに気づいて、「待て」と言った。
「まだ、緑の方との話が終わっていない。謁見の間の前を通ることはできない」
「かしこまりました、シアン様。別の廊下を使います」
「この者はなんだ?」
「シャーに召し上げられた、ヒソク様でございます。先にハリームへ連れていき、ご用意をしますか?」
「──ヒソク?」
シアンは俺を見て、ぎゅっと眉間にしわをよせた。
「それは星見の名ではなかったか? おまえは……」
その時、部屋から出てきた男と、シアンがぶつかりそうになった。
とっさにシアンが避けたため、身体がふれたようには見えなかったが、男は激昂して、シアンを怒鳴った。
「緑の方、申し訳ありません」
シアンは俺に背を向けて立ち、相手の男からは見えないように、小さく左手を振った。
「ヒソク様、こちらへ」
ルリは俺の腕を引っ張った。来た道を戻り、廊下から見えない部屋までやってくると、ルリは腕を離した。
あとを追ってきた、つきそいの女たちも、それぞれにふうと息をついた。驚いた様子ではなかったので、隠れたわけも知っているようだった。
「突然、失礼しました。緑の方に見つかるとまずいことになりますから、しばらくここでお待ちください。あとで、シャーのところへご案内します」
「シャーって誰でしょうか」
「え?」
ルリは困ったように、目を丸くして俺を見た。周知の話のようだったので、俺は自分の無知が恥ずかしくなった。
「シャーとは王の敬称です。シェブロンは……この国は、5人の王が治めておいでです。わたくしは青の王に仕えておりますので、彼の方をシャーとお呼びしています。ヒソク様も同じようになさってください」
優しく諭すような言い方に、こくりとうなずいた。時間つぶしになると思ったのか、ルリは続けてしゃべり始めた。
「王宮には、他に3人の王がお住まいです。お会いになることがあれば、シャーではなくこう呼ぶようにしてください。ギュールズ王は『赤の方』、パーピュア王は『紫の方』、セーブル王は『黒の方』です」
「あの、先ほどの方は? 『緑の方』と言ってましたよね。あの人も王なのですか?」
「ええ」
ルリは困ったように、小さくほほえんだ。
「ヴァート様です。あの方だけは、王宮の外に住まわれています。王都を通る時に、たまねぎの形をした屋根をもつ、緑色の建物がありませんでしたか?」
「あ……見ました!」
レンガ色の家がひしめく中で、金のふちどりをされた緑の屋根は、浮き立っていた。
高い壁に囲まれた建物は、他の屋敷の何十倍もの広さがあり、馬車が通りすぎるまで、俺はそこが王宮なのだと思っていた。
「それが、緑の宮殿です」
「みんな、色の名前がついているんですね」
「ええ、王宮には4つの宮殿があり、それぞれの宮殿には、王の名にちなむ色が使われています。ここは青の宮殿ですので、床も青いでしょう。以前は、壁もすべて青く塗られていました」
「今は、白いのですね」
俺は壁を見た。
「数年前に大きな改築があって、その時に白く塗り直されたのです。5人の王には神の血が流れていて、みな身体にある特徴があります。彼らを見分けるのはたやすいのですよ」
ルリがそう言った時、あわただしい足音が近づいてきた。
背の低い男が、侍従を従えてこちらへ向かってくる。さきほどシアンを怒鳴っていた男だと気づいた。
頭はきれいに剃りあがり、腹の出た体型をしているが、老人ではない。歩き方はきびきびとして、ぎょろりとした目は威圧的だった。
男の後ろを歩く兵が、白い服を着た女を引きずっていた。ルリはさっと顔色を変えた。
「緑の方、その者をお放しください。侍女がそそうをしたのであれば、侍女長であるわたくしの責任です。どうぞお許しください」
言い終わる前に、ルリは緑の兵に突き飛ばされた。白い服の侍女も、壁に打ち付けられ、まわりにいた女たちが悲鳴を上げた。緑の王は太い足をふりあげて、ルリの頭を踏みつけた。
「下女が生意気な。いつから、おまえら犬どもはそんなにえらくなった? 王の前でひれ伏すことを忘れているようでは犬にも劣る」
それから俺を見て、ひどく好色そうに笑った。
暑い夕暮れなのに、背筋がひんやりと凍りついた。
「この者を渡せば、おぬしの非礼は見逃してやろう。こういうのはな、あわてて隠すから、余計に気になるのだ。下女ごときが、わしを出し抜こうなんて浅はかだったな」
体重をかけて、さらに強く踏みつけられたルリはうめいた。緑の王は、つまらなそうに足をどけると、今度は俺に近づいてきた。
「アジュールヘのうさ晴らしのつもりだったが、いい拾いものをした。エメラルドの目を持つ者は、なかなか手に入らん。肌の汚い子どもが持つには、不相応な宝石だ」
大きな手でぐいっと首をつかまれて、顔を近づけられる。死んだ動物のような、生臭いにおいが鼻についた。
「この緑の目が、わしのものになりたいと言っておる」
はあ、と欲情したような熱い息を吹きかけてくる。
のどを持ちあげられているせいで、息を吸うことがむずかしくて、苦しくなってあえいだ。
緑の王の手には、刺青があった。
それは、横を向いた人間の、立ち姿だった。腹の位置に小さな丸が重ねて描かれ、両側に大きな翼がはえている。円からはさらに四方へ、蛇にも見える帯がくねって、翼の邪魔にならないように配置されている。
丸く太った手に、暗い緑色でしるされていた。
「おやめください!」
ルリが上半身を起こして、苦しそうに叫んだ。
「その者は、白の女ではありません。アジュール様が召し上げられた、青の姫です。緑の方といえど、他の王の所有物に手を出せば、王宮の禁忌にふれます」
「青の姫だと?」
鼻で笑うと、胸元に手をかけられ、布の服を勢いよく引きずり落とされる。
「この身体のどこに、アジュールのものだという証拠がある? 青いティンクチャーがないうちは、白の女と同じ扱いだ。わしがどうしようと、アジュールも文句は言えまい」
「そんな……!」
緑の王は、「うるさい女だ。切れ」と、兵に命じた。ルリを羽交い締めにしていた兵は、ためらいながらも彼女の首すじに剣をあてた。
血が飛び散って、侍女たちは泣き出した。
緑の王はそれを見届けると、俺のはだけた胸を、てのひらでゆっくりとなでた。
誰もが自分の運命の建設者である。
◇1章 星見のヒソク
その部屋にいた俺以外の人間は、甲冑を身に着け、腰に剣を下げた兵だった。
塩水を大量に飲まされた。吐いたあとは身体がふらふらして、立っているのがやっとだった。
服を脱がされ、頭に巻いたターバンまではぎとられて、俺はすっぱだかになった。兵は俺の脚を肩幅に広げて、「動くな」と命じた。
細長い棒を尻にさされて、嫌悪感で身体がびくついた。冷たい金属の棒は内側をさぐったあとに内臓を押し上げて、吐いたばかりの胃がきゅうといやな音をたてた。
おおよそ人に対する配慮などない、ぞんざいな手際だった。俺が女だったとしても、同じように腹の中を調べられるのだろうかと、幼い妹を思い浮かべてその光景にぞっとした。
「武器の所持はない。中へ通せ」
裸のまま次の部屋に通された。さっきまでのそっけない部屋とは違い、むせかえりそうな花の香りがあふれていた。
そこには、数人の女が布を手に立っており、いちように白い服を着て濃い化粧をしていた。いいにおいは、ひょっとして彼女たちからするのかと思えば、部屋のすみでなにかを焚いていて、そこから香っているようだった。
部屋の中央には、人ひとりがすっぽり入れる程の、銅板でできた長方形の箱が置かれていて、中には澄んだ水が溜められていた。
冷たいことを覚悟したけれど、あたたかな湯だった。部屋と同じで、水からも花の甘いにおいがした。
ひとりの女に腕を持ちあげられて、布でこすられた。すました顔に、少しだけ嫌がるような表情が浮かんだけれど、丁寧に身体を洗われた。
嫌がったのはきっと、俺の肌が浅黒いせいだ。彼女のきめこまやかな白い肌と違って、色の濃い肌は奴隷のしるしで、くせのある黒髪も、金髪や赤毛が多いこの国では異質なものだった。
「めずらしいわね。男の子が、アジュール様に召し上げられるなんて」
「そうねえ、ヴァート様ならいざしらず。あの方の美少年狂いは相当なものよ。緑の宮殿なんて、侍女すら置いていないってうわさでしょう。身の回りのことまでさせているって聞いたわ」
クスクスと笑いあうささやき声が、静かな部屋に響く。
そばで様子を見ていた女が視線を投げかけて、「あなたたち、おしゃべりもたいがいになさい」と、凛とした口調でしかりつけた。
「申し訳ございません、ルリ様」
ルリと呼ばれた女は、白い服を着た女たちと違って、ひとりだけ空色の服を着ていた。同じ色の瞳をして、美しい金色の髪を頭の後ろでまとめている。
二十代前半くらいだろうか、背を伸ばしたたたずまいは口調と同じで凛としていたが、目じりが少しさがった柔和な顔立ちをしていた。
それから誰もしゃべらなくなり、部屋中がシンとしたので、俺を洗い終わるまで水音だけが響いた。
身体を拭かれて、淡い色の布を羽織らされる。
腰骨の位置でひもを結ばれたが、腰がうすっぺらいせいで、すぐにゆるんでしまう。ルリはあきらめたようにへその位置で結び直した。
王都では、上下にわかれた服を着て、その上から重ねて布を巻きつけることが普通のようだった。
俺の住んでいた西方の街は、裕福ではなく、麻布をまとっただけで出歩く者も多かった。
「ヒソク様、こちらへどうぞ」
つまらないことを考えていたので、自分のことを呼ばれたと気づくのに、間があいてしまった。
ルリのあとについて、宮殿の廊下を歩いた。
宮殿の庭は緑があふれていて、ナツメヤシの樹が植えられていた。生命力の強い原色の花が咲き乱れ、日差しの中できらきらと輝いている。
廊下の先に兵が立っていた。藍色の服を着て、腰から剣を下げていた。すらりと背が高く、整った顔立ちをしている。白に近い銀髪を頭の後ろでひとつにたばねていて、肩につくくらいの長さだった。
兵はルリに気づいて、「待て」と言った。
「まだ、緑の方との話が終わっていない。謁見の間の前を通ることはできない」
「かしこまりました、シアン様。別の廊下を使います」
「この者はなんだ?」
「シャーに召し上げられた、ヒソク様でございます。先にハリームへ連れていき、ご用意をしますか?」
「──ヒソク?」
シアンは俺を見て、ぎゅっと眉間にしわをよせた。
「それは星見の名ではなかったか? おまえは……」
その時、部屋から出てきた男と、シアンがぶつかりそうになった。
とっさにシアンが避けたため、身体がふれたようには見えなかったが、男は激昂して、シアンを怒鳴った。
「緑の方、申し訳ありません」
シアンは俺に背を向けて立ち、相手の男からは見えないように、小さく左手を振った。
「ヒソク様、こちらへ」
ルリは俺の腕を引っ張った。来た道を戻り、廊下から見えない部屋までやってくると、ルリは腕を離した。
あとを追ってきた、つきそいの女たちも、それぞれにふうと息をついた。驚いた様子ではなかったので、隠れたわけも知っているようだった。
「突然、失礼しました。緑の方に見つかるとまずいことになりますから、しばらくここでお待ちください。あとで、シャーのところへご案内します」
「シャーって誰でしょうか」
「え?」
ルリは困ったように、目を丸くして俺を見た。周知の話のようだったので、俺は自分の無知が恥ずかしくなった。
「シャーとは王の敬称です。シェブロンは……この国は、5人の王が治めておいでです。わたくしは青の王に仕えておりますので、彼の方をシャーとお呼びしています。ヒソク様も同じようになさってください」
優しく諭すような言い方に、こくりとうなずいた。時間つぶしになると思ったのか、ルリは続けてしゃべり始めた。
「王宮には、他に3人の王がお住まいです。お会いになることがあれば、シャーではなくこう呼ぶようにしてください。ギュールズ王は『赤の方』、パーピュア王は『紫の方』、セーブル王は『黒の方』です」
「あの、先ほどの方は? 『緑の方』と言ってましたよね。あの人も王なのですか?」
「ええ」
ルリは困ったように、小さくほほえんだ。
「ヴァート様です。あの方だけは、王宮の外に住まわれています。王都を通る時に、たまねぎの形をした屋根をもつ、緑色の建物がありませんでしたか?」
「あ……見ました!」
レンガ色の家がひしめく中で、金のふちどりをされた緑の屋根は、浮き立っていた。
高い壁に囲まれた建物は、他の屋敷の何十倍もの広さがあり、馬車が通りすぎるまで、俺はそこが王宮なのだと思っていた。
「それが、緑の宮殿です」
「みんな、色の名前がついているんですね」
「ええ、王宮には4つの宮殿があり、それぞれの宮殿には、王の名にちなむ色が使われています。ここは青の宮殿ですので、床も青いでしょう。以前は、壁もすべて青く塗られていました」
「今は、白いのですね」
俺は壁を見た。
「数年前に大きな改築があって、その時に白く塗り直されたのです。5人の王には神の血が流れていて、みな身体にある特徴があります。彼らを見分けるのはたやすいのですよ」
ルリがそう言った時、あわただしい足音が近づいてきた。
背の低い男が、侍従を従えてこちらへ向かってくる。さきほどシアンを怒鳴っていた男だと気づいた。
頭はきれいに剃りあがり、腹の出た体型をしているが、老人ではない。歩き方はきびきびとして、ぎょろりとした目は威圧的だった。
男の後ろを歩く兵が、白い服を着た女を引きずっていた。ルリはさっと顔色を変えた。
「緑の方、その者をお放しください。侍女がそそうをしたのであれば、侍女長であるわたくしの責任です。どうぞお許しください」
言い終わる前に、ルリは緑の兵に突き飛ばされた。白い服の侍女も、壁に打ち付けられ、まわりにいた女たちが悲鳴を上げた。緑の王は太い足をふりあげて、ルリの頭を踏みつけた。
「下女が生意気な。いつから、おまえら犬どもはそんなにえらくなった? 王の前でひれ伏すことを忘れているようでは犬にも劣る」
それから俺を見て、ひどく好色そうに笑った。
暑い夕暮れなのに、背筋がひんやりと凍りついた。
「この者を渡せば、おぬしの非礼は見逃してやろう。こういうのはな、あわてて隠すから、余計に気になるのだ。下女ごときが、わしを出し抜こうなんて浅はかだったな」
体重をかけて、さらに強く踏みつけられたルリはうめいた。緑の王は、つまらなそうに足をどけると、今度は俺に近づいてきた。
「アジュールヘのうさ晴らしのつもりだったが、いい拾いものをした。エメラルドの目を持つ者は、なかなか手に入らん。肌の汚い子どもが持つには、不相応な宝石だ」
大きな手でぐいっと首をつかまれて、顔を近づけられる。死んだ動物のような、生臭いにおいが鼻についた。
「この緑の目が、わしのものになりたいと言っておる」
はあ、と欲情したような熱い息を吹きかけてくる。
のどを持ちあげられているせいで、息を吸うことがむずかしくて、苦しくなってあえいだ。
緑の王の手には、刺青があった。
それは、横を向いた人間の、立ち姿だった。腹の位置に小さな丸が重ねて描かれ、両側に大きな翼がはえている。円からはさらに四方へ、蛇にも見える帯がくねって、翼の邪魔にならないように配置されている。
丸く太った手に、暗い緑色でしるされていた。
「おやめください!」
ルリが上半身を起こして、苦しそうに叫んだ。
「その者は、白の女ではありません。アジュール様が召し上げられた、青の姫です。緑の方といえど、他の王の所有物に手を出せば、王宮の禁忌にふれます」
「青の姫だと?」
鼻で笑うと、胸元に手をかけられ、布の服を勢いよく引きずり落とされる。
「この身体のどこに、アジュールのものだという証拠がある? 青いティンクチャーがないうちは、白の女と同じ扱いだ。わしがどうしようと、アジュールも文句は言えまい」
「そんな……!」
緑の王は、「うるさい女だ。切れ」と、兵に命じた。ルリを羽交い締めにしていた兵は、ためらいながらも彼女の首すじに剣をあてた。
血が飛び散って、侍女たちは泣き出した。
緑の王はそれを見届けると、俺のはだけた胸を、てのひらでゆっくりとなでた。