無料公開
部屋は少しの間だけ沈黙がながれた。
「ふん、ようやく考えていることが隠せるようになったのか」
青の王は馬鹿にしたように笑った。
「ヒソク様はすごいのですよ。昨日の夜には、もう普通に話すのと変わらないほど、『声』を抑えられるようになっておられました。たいがいのことはすぐに覚えてしまわれるし、学ぶことがお好きだから上達も早いのでしょうね」
「そんなのはルリ様の買いかぶりだ」
声がもれてしまって、あわててくちを押さえた。意味のない動作に俺はばつが悪くなる。
「まだまだだな」
青の王は言った。
「今のは動揺したからで、気をつけていればもう大声を出すこともありません。俺をカテドラルから出してください。もうここへ来て3日目でしょう?」
「わたくしからもお願いいたします。ここにヒソク様をおひとりで閉じ込めるのはあまりにお気の毒です」
けれど青の王はそれには取りあわなかった。
「明後日にはここで会合を開く。それまでは大人しくここにいろ」
「カテドラルを使うから、ですか?」
俺は眉をひそめた。俺がここに閉じ込められているのが、『声』のせいではないようにも聞こえる。
俺は焦れて、青の王の服をつかんだ。
「今夜じゃだめですか?」
じっと目を見つめた。青の王は息をのんだ。
「──わかった」
視界がふるえて、俺は倒れそうになった。青の王は俺を抱きとめて、片脚を後ろについた。
ルリが焦ったように「おふたりとも大丈夫ですか」と声を上げた。
「今のヒソクの声、ルリには聞こえたか」
「え?」
ルリはきょとんとした声を出した。
「あの、わたくしには、シャーがわかったとおっしゃられたのは聞こえましたけれど……」
青の王は頭を押さえて、「なにをした」と俺に聞いた。
俺にだってよくわからない。ただ、青の王に集中して話しかけただけだ。
「あの、俺はここから出たいって」
パシンと、てのひらでくちをふさがれる。痛くはなかったけれど、勢いに驚いて『声』は途中で止まった。
「意図してやっているのか? おまえのそれは、ただの『声』ではない。むやみに使うな」
生易しい声じゃなくて、背筋がぞわりと粟立った。声でないのなら何だというのだ。
俺は青の王の声を思い出した。自分の意見を覆すことのない男の、『わかった』という感情のない声は、なにかに操られたようだった。
「ルリ、もう下がれ。おまえに命じて、カテドラルから抜け出そうとするかもしれない」
「ルリ様にそんなことしない!」
俺は叫んだ。それからハッとして『声』を止めた。
ルリは困ったように俺を見つめたが、「ヒソク様、また明日まいります」と展示室を出て行った。
「──人を操る『声』か。思考を相手に伝えるだけではないんだな」
青の王は言った。表情が曇ったように見えた。なぜかはわからなかった。
「もう一度、やってみるか?」と、挑むようにささやかれる。
俺は男の首にゆるく抱きついて、耳元でささやいた。
「どうして俺をここに閉じ込めるのか、教えてください」
ただの声は、静かに部屋に鳴り響いた。青の王は平然としていて、操ることはできなかった。役立たずの力を呪いたくなる。
広い肩にほおをこすりつけると、片手で目を覆われて、ゆっくりとひきはがされた。暗闇に青の王の声が響く。
「王宮には術師を捜すための軍が存在する。おまえが夢で見た、黒の甲冑の男たちがそれだ。彼らが王都の近くまで戻ってきたという情報が入った。宿の店主が、幼い子どもを連れているのを見ている」
「ヒソクですか!?」
衝撃を受けた。ヒソクが王宮のそばまで来ている。きっともうすぐ会える。暗闇に光を見つけたような、喜びが胸に広がった。
「街の医者が呼ばれたが、治療はできないと断っている」
「え?」
「王の身体を診ることは、宮殿の専属医以外には許されていない」
「……あの、ヒソクの話ではないのですか?」
なんの話をしているのかよくわからなくなった。
「ビレットにまで兵を送るのは特別な時だけだ。王が亡くなった時だけは、国外でも捜索する権限が与えられる」
「青の王?」
そのつぶやきにはなにも意味が込められていなかった。ただ、ぐるぐると、頭の中を青の王の言葉が漂って、止まる枝を探していた。
「おまえの妹は、緑の王だ」
「ふん、ようやく考えていることが隠せるようになったのか」
青の王は馬鹿にしたように笑った。
「ヒソク様はすごいのですよ。昨日の夜には、もう普通に話すのと変わらないほど、『声』を抑えられるようになっておられました。たいがいのことはすぐに覚えてしまわれるし、学ぶことがお好きだから上達も早いのでしょうね」
「そんなのはルリ様の買いかぶりだ」
声がもれてしまって、あわててくちを押さえた。意味のない動作に俺はばつが悪くなる。
「まだまだだな」
青の王は言った。
「今のは動揺したからで、気をつけていればもう大声を出すこともありません。俺をカテドラルから出してください。もうここへ来て3日目でしょう?」
「わたくしからもお願いいたします。ここにヒソク様をおひとりで閉じ込めるのはあまりにお気の毒です」
けれど青の王はそれには取りあわなかった。
「明後日にはここで会合を開く。それまでは大人しくここにいろ」
「カテドラルを使うから、ですか?」
俺は眉をひそめた。俺がここに閉じ込められているのが、『声』のせいではないようにも聞こえる。
俺は焦れて、青の王の服をつかんだ。
「今夜じゃだめですか?」
じっと目を見つめた。青の王は息をのんだ。
「──わかった」
視界がふるえて、俺は倒れそうになった。青の王は俺を抱きとめて、片脚を後ろについた。
ルリが焦ったように「おふたりとも大丈夫ですか」と声を上げた。
「今のヒソクの声、ルリには聞こえたか」
「え?」
ルリはきょとんとした声を出した。
「あの、わたくしには、シャーがわかったとおっしゃられたのは聞こえましたけれど……」
青の王は頭を押さえて、「なにをした」と俺に聞いた。
俺にだってよくわからない。ただ、青の王に集中して話しかけただけだ。
「あの、俺はここから出たいって」
パシンと、てのひらでくちをふさがれる。痛くはなかったけれど、勢いに驚いて『声』は途中で止まった。
「意図してやっているのか? おまえのそれは、ただの『声』ではない。むやみに使うな」
生易しい声じゃなくて、背筋がぞわりと粟立った。声でないのなら何だというのだ。
俺は青の王の声を思い出した。自分の意見を覆すことのない男の、『わかった』という感情のない声は、なにかに操られたようだった。
「ルリ、もう下がれ。おまえに命じて、カテドラルから抜け出そうとするかもしれない」
「ルリ様にそんなことしない!」
俺は叫んだ。それからハッとして『声』を止めた。
ルリは困ったように俺を見つめたが、「ヒソク様、また明日まいります」と展示室を出て行った。
「──人を操る『声』か。思考を相手に伝えるだけではないんだな」
青の王は言った。表情が曇ったように見えた。なぜかはわからなかった。
「もう一度、やってみるか?」と、挑むようにささやかれる。
俺は男の首にゆるく抱きついて、耳元でささやいた。
「どうして俺をここに閉じ込めるのか、教えてください」
ただの声は、静かに部屋に鳴り響いた。青の王は平然としていて、操ることはできなかった。役立たずの力を呪いたくなる。
広い肩にほおをこすりつけると、片手で目を覆われて、ゆっくりとひきはがされた。暗闇に青の王の声が響く。
「王宮には術師を捜すための軍が存在する。おまえが夢で見た、黒の甲冑の男たちがそれだ。彼らが王都の近くまで戻ってきたという情報が入った。宿の店主が、幼い子どもを連れているのを見ている」
「ヒソクですか!?」
衝撃を受けた。ヒソクが王宮のそばまで来ている。きっともうすぐ会える。暗闇に光を見つけたような、喜びが胸に広がった。
「街の医者が呼ばれたが、治療はできないと断っている」
「え?」
「王の身体を診ることは、宮殿の専属医以外には許されていない」
「……あの、ヒソクの話ではないのですか?」
なんの話をしているのかよくわからなくなった。
「ビレットにまで兵を送るのは特別な時だけだ。王が亡くなった時だけは、国外でも捜索する権限が与えられる」
「青の王?」
そのつぶやきにはなにも意味が込められていなかった。ただ、ぐるぐると、頭の中を青の王の言葉が漂って、止まる枝を探していた。
「おまえの妹は、緑の王だ」