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「気にするな、男同士では数にも入らない」
アージェントはしゃあしゃあとそう言った。死ねばいいのにと、思った。
近衛の訓練がないときは、シアンはカテドラルの書庫に出入りしていた。
顔見知りのマギに新しく入った本を借り受け、自室に戻ろうと廊下を歩いていると、向かいからアージェントがやってくるところだった。
出会い頭に、「おまえは行かないのか」と尋ねられる。
「何のお話ですか」
「娼 館 だ。兵たちが、王都に女を買いに行くと言って、盛り上がっていた。話の途中でおまえがいなくなったと、探していたぞ」
シアンは内心でため息をついた。
騒ぎに巻き込まれないうちに抜け出したのだ。休みにくだらない話にまで付き合う義理はない。
「私はけっこうです。娼館になど興味はありません」
「女に興味がない? なぜだ」
めずらしく、心底おどろいたように返されて、シアンは気分を害した。
「スクワルから聞いたが、すり寄ってきた女をこっぴどく振ったそうだな。賢者の孫娘で、そうとうな才女だといううわさだが、なぜ付き合いもせず断った? 側近を目指すのならば今のうちから重職者と繋がっておいたほうが有利だろう」
「……有利?」
しつこくまとわりついてきたアルカディアをかばうつもりはないが、嫌な気分になった。
アージェントは彼女を道具のように言った。利用価値がなければ、こんなことをうるさくは言わなかっただろう。
そして、シアンが側近になろうとしていなかったら、きっと誰を恋人にするかなど、気にも留めなかったはずだ。
じわりと、苛立ちがわいた。
アルカディアと引き合わされたことも、おそらくは〈賢者〉である男の思 惑 だった。
シアンは一部のマギからはいまだに大切にされている。仲間に引き入れておいて損はない。彼もアージェントと同じように考えたのだろう。
私欲でふりまわされるのはたくさんだった。
「アージェント様に私生活まで詮 索 されるいわれはありません。お話はそれだけでしょうか? 部屋で本を読みたいので失礼いたします」
「男がいいのか?」
「……は?」
耳を疑った。
「王宮ではよくある遊びだと聞くが、エールに手を出すつもりなら容赦はしないぞ。あれにはいずれ、相応しい女が現れる。子どもだからといって、おかしな遊びを覚えさせるつもりはない。おまえが一方的に思っているだけだとしても、迷惑だ」
ぽかんとした。思わず、本を取り落とすところだった。
この親バカ……いや、兄バカの過保護野郎、と怒鳴り散らしたかった。
「シャーに懸 想 などしておりません。誰が聞いているとも知れないのですから、アジュール王まで誤解をうけるような発言は慎んでください。女性に興味がないと言ったのはそのようなことに時間を割く暇がないからです。側近としての勉強も近衛の訓練もしているのですよ」
「息抜きは必要だ。近衛のように、緊張を強 いられる職務についているのなら、なおさらだ」
「私にとっては、書物を読むことが息抜きなのです。だいたい、息抜きに娼館へ行くなどというのは、近衛の名折れになるでしょう。女性を抱きに行くといいふらし、金で買うなど低俗だ。せめてその自覚くらいは持ち得てほしいものです」
「……なるほどな」
アージェントは、呆れたように息をもらした。
「あいつらがやっきになって、おまえを娼館に連れて行こうとする気持ちがわかった。いつもそうやって見下しているのか?」
「なっ……!」
ふいになにかを投げつけられて、シアンはとっさに両手でそれをつかんだ。
重量のある剣だ。柄のところに青い石が埋め込まれている。足元には本が散らばった。
「これは……なんのおつもりですか」
「いつもの訓練だ。剣で勝てたら、俺が連中を黙らせる。休暇には好きなだけ部屋に閉じこもって、本を読めばいい。おまえが負けたら、一度くらいは娼館に付き合ってやれ」
「無理です。私の実力はよくご存じでしょう。副隊長でさえアージェント様に勝てたことがないのに、相手が私では勝負にもなりません」
剣を返そうとしたが、相手はそれをとりあわなかった。
こんなのは横暴だ。目のかたきにされているのはわかっている。嫌がらせを受けていると感じることさえある。他の兵には気安いところも見せるのに、シアンにはいつだって厳しかった。
柄を握る手に、力がこもった。アージェントが帯刀しているのは短剣で、シアンの剣と比べて半分以下の長さしかない。鞘 から引き抜くと、両手で剣をかまえた。相手は剣に手もかけず、無防備に立ち尽くしている。
なめられている。
そう思うと、静かな怒りがわいてきた。近衛に引きずり込まれてから、ずっとこの男にいなされ打ち据えられてきた。苛立ちはすぎるほど刻まれていた。
剣を身体に引き付けて、踏み込んだ。
アージェントは大ぶりの太刀筋から身をそらした。すかさず突くように繰り出したが、その動きも見切られていた。
通りがかった侍女が、短い悲鳴を上げた。
「静かにしろ、ただの訓練だ」
男は言い、手で制した。それを隙とみて、シアンは足払いをかけた。
手ごたえはあった。アージェントは体勢を傾けたが、廊下のふちを蹴って庭へと降り立つ。
シアンもそれに続いて庭に降りた。剣をふるうと、鋭く空気を裂く音がした。
とっさにアージェントが手にした棒は、三分の一を残してすぱりと切れて飛んでいった。野鳥や動物を追い払うために置かれていた木の棒で、表面には薄い鉄も塗られていた。
男はつかの間、驚いたように目を見張って、それから手にしたものをくるりと片手でまわした。
腕くらいの長さしか残っていないが、シアンの振り下ろした剣は、棒の端ではじかれた。先ほど一刀にした感覚を思い出して、盾となっている棒を斬りつけた。
剣を抜くつもりがないのなら、この男を倒せるかもしれない。そう思うと、身体の奥から快感に似た、強烈な興奮がわきあがってきた。
角度を変えた棒は、剣先をとらえて跳ね上げようとした。
指先にしびれが走った。動揺を見逃さず、アージェントはシアンの手首を蹴った。痛みで手から離れた剣は、柄を蹴りあげられてアージェントの手におさまった。
男の手に剣が握られた瞬間、斬られると覚悟した。
その時、音もなく飛び込んできた影が、鈍く光る剣をふるった。
ぶつかり合ってキンと澄んだ音がした。それは剣ではなく、シアンが廊下に捨てた鞘だった。
エールは水平に構えた鞘で剣を受けとめて、勢いを完全に殺していた。目の覚めるような青い服が、風になびいた。
「兄さん、なにをしているの。ここは僕の宮殿だよ」
咎める声は、いつになく剣 呑 な色を含んでいた。
「訓練だ。本気で斬るつもりはない」
「当たり前だよ。遊びたいなら、もう少し穏やかなやり方があるだろ。訓練所以外で剣をふるうことは禁止されていたはずだけど?」
アージェントは黙って剣をひいた。
エールはそれを確かめてから、兄に鞘を手渡した。剣をおさめると、腰に巻かれた革のベルトに繋ぎなおした。
「シアン、一体なにが原因なの。また兄さんにからまれただけ?」
手をひかれて、立ち上がった。
「からまれたというか……」と、事の顛 末 を話してしまう。
「娼館?」
エールが呆れたように繰り返したから、話さなければ良かったと反省した。たいしたことでもないのに、泣きついたことが恥ずかしかった。
「近衛兵は花街によく出入りしているもんね。でも、シアンは行きたくないんでしょう? だったら、無理に行く必要なんてない。別に僕らが女遊びに興味がなくたって、兄さんには関係ないだろ。あんまり意地悪が過ぎると、シアンにも嫌われるよ」
「女に興味がないなど異常だ。男にしか目が向かないのなら、おまえのそばに置いておくことも危険だ。将来、シアンを側近に取り立てるつもりなら、今のうちにはっきりさせておいたほうがいい」
「ちょっと待って。僕の友達に失礼なことを言うなら、本気で怒るよ」
エールは兄の言い草に、鼻白んだ。
「じゃあさ、僕が相手をするよ。剣じゃ危ないから素手にしよう。兄さんに勝ったら、シアンは娼館に行かなくてもいい。そういう勝負でどう?」
「剣も持たず、俺に勝てると思うのか」
「どうかな。体術を教えてくれたのは兄さんだろ。このところ背も伸びてきたし、案外いいところまでいくんじゃないの。どうせ兄さんは僕相手に本気は出せないだろ。たまには手合わせしてよ」
挑発的な態度に、アージェントは少しだけ眉間にしわを寄せた。
彼が実際に、機嫌を悪くしているのをまわりに悟らせることはあまりない。
返事を待たずにエールが踏み込んだ。
ふところに入られて、アージェントは反射で手を伸ばした。エールの腕がそれに絡もうとしたので、とっさにひじを引き身体をひねる。
シアンには見えない打撃にエールはよろけたが、低い位置で体勢をととのえ、足の甲で男の腰を狙った。防がれて、いったん後ろに引く。
「ふいをつかれても急所をはずすってことは、やっぱり僕には本気で殴りかかれないんだ」
喜ぶどころか、腹をたてているようにも見えた。
蹴りは兄の腕に遮られたが、身体をくるりと反転させて、もう一度同じ場所に叩きこもうとした。
足首をつかまれる前にすばやく着地して、つま先をすくおうとした動きを見切ってかわす。
エールの身のこなしは、演武のようによどみなく、しなやかだった。青い衣がはためくのさえ美しかった。
廊下には侍従が数名、足を止めて見守っていた。
エールは襟をとられたが、腕の下をくぐると伸ばした手を絡めて、アージェントの肩の関節をひねりあげようとした。ほんの一瞬の攻防のあと、エールは投げられて地面に伏した。
立ち上がろうと地を蹴った足を、靴で押さえつけられそうになって、それを退けた。
鋭い切っ先が、アージェントの服を切り裂き、間合いがひらいた。
エールが手にしていたのは、アージェントが身につけていた短剣だった。
「ごめんなさい。思わず、抜いちゃった」
荒い息を吐いてくちもとをぬぐうと、「ちょっとは成長した?」と尋ねた。アージェントは黙って弟の手から剣を奪い取り、鞘に戻した。
アージェントはしゃあしゃあとそう言った。死ねばいいのにと、思った。
近衛の訓練がないときは、シアンはカテドラルの書庫に出入りしていた。
顔見知りのマギに新しく入った本を借り受け、自室に戻ろうと廊下を歩いていると、向かいからアージェントがやってくるところだった。
出会い頭に、「おまえは行かないのか」と尋ねられる。
「何のお話ですか」
「
シアンは内心でため息をついた。
騒ぎに巻き込まれないうちに抜け出したのだ。休みにくだらない話にまで付き合う義理はない。
「私はけっこうです。娼館になど興味はありません」
「女に興味がない? なぜだ」
めずらしく、心底おどろいたように返されて、シアンは気分を害した。
「スクワルから聞いたが、すり寄ってきた女をこっぴどく振ったそうだな。賢者の孫娘で、そうとうな才女だといううわさだが、なぜ付き合いもせず断った? 側近を目指すのならば今のうちから重職者と繋がっておいたほうが有利だろう」
「……有利?」
しつこくまとわりついてきたアルカディアをかばうつもりはないが、嫌な気分になった。
アージェントは彼女を道具のように言った。利用価値がなければ、こんなことをうるさくは言わなかっただろう。
そして、シアンが側近になろうとしていなかったら、きっと誰を恋人にするかなど、気にも留めなかったはずだ。
じわりと、苛立ちがわいた。
アルカディアと引き合わされたことも、おそらくは〈賢者〉である男の
シアンは一部のマギからはいまだに大切にされている。仲間に引き入れておいて損はない。彼もアージェントと同じように考えたのだろう。
私欲でふりまわされるのはたくさんだった。
「アージェント様に私生活まで
「男がいいのか?」
「……は?」
耳を疑った。
「王宮ではよくある遊びだと聞くが、エールに手を出すつもりなら容赦はしないぞ。あれにはいずれ、相応しい女が現れる。子どもだからといって、おかしな遊びを覚えさせるつもりはない。おまえが一方的に思っているだけだとしても、迷惑だ」
ぽかんとした。思わず、本を取り落とすところだった。
この親バカ……いや、兄バカの過保護野郎、と怒鳴り散らしたかった。
「シャーに
「息抜きは必要だ。近衛のように、緊張を
「私にとっては、書物を読むことが息抜きなのです。だいたい、息抜きに娼館へ行くなどというのは、近衛の名折れになるでしょう。女性を抱きに行くといいふらし、金で買うなど低俗だ。せめてその自覚くらいは持ち得てほしいものです」
「……なるほどな」
アージェントは、呆れたように息をもらした。
「あいつらがやっきになって、おまえを娼館に連れて行こうとする気持ちがわかった。いつもそうやって見下しているのか?」
「なっ……!」
ふいになにかを投げつけられて、シアンはとっさに両手でそれをつかんだ。
重量のある剣だ。柄のところに青い石が埋め込まれている。足元には本が散らばった。
「これは……なんのおつもりですか」
「いつもの訓練だ。剣で勝てたら、俺が連中を黙らせる。休暇には好きなだけ部屋に閉じこもって、本を読めばいい。おまえが負けたら、一度くらいは娼館に付き合ってやれ」
「無理です。私の実力はよくご存じでしょう。副隊長でさえアージェント様に勝てたことがないのに、相手が私では勝負にもなりません」
剣を返そうとしたが、相手はそれをとりあわなかった。
こんなのは横暴だ。目のかたきにされているのはわかっている。嫌がらせを受けていると感じることさえある。他の兵には気安いところも見せるのに、シアンにはいつだって厳しかった。
柄を握る手に、力がこもった。アージェントが帯刀しているのは短剣で、シアンの剣と比べて半分以下の長さしかない。
なめられている。
そう思うと、静かな怒りがわいてきた。近衛に引きずり込まれてから、ずっとこの男にいなされ打ち据えられてきた。苛立ちはすぎるほど刻まれていた。
剣を身体に引き付けて、踏み込んだ。
アージェントは大ぶりの太刀筋から身をそらした。すかさず突くように繰り出したが、その動きも見切られていた。
通りがかった侍女が、短い悲鳴を上げた。
「静かにしろ、ただの訓練だ」
男は言い、手で制した。それを隙とみて、シアンは足払いをかけた。
手ごたえはあった。アージェントは体勢を傾けたが、廊下のふちを蹴って庭へと降り立つ。
シアンもそれに続いて庭に降りた。剣をふるうと、鋭く空気を裂く音がした。
とっさにアージェントが手にした棒は、三分の一を残してすぱりと切れて飛んでいった。野鳥や動物を追い払うために置かれていた木の棒で、表面には薄い鉄も塗られていた。
男はつかの間、驚いたように目を見張って、それから手にしたものをくるりと片手でまわした。
腕くらいの長さしか残っていないが、シアンの振り下ろした剣は、棒の端ではじかれた。先ほど一刀にした感覚を思い出して、盾となっている棒を斬りつけた。
剣を抜くつもりがないのなら、この男を倒せるかもしれない。そう思うと、身体の奥から快感に似た、強烈な興奮がわきあがってきた。
角度を変えた棒は、剣先をとらえて跳ね上げようとした。
指先にしびれが走った。動揺を見逃さず、アージェントはシアンの手首を蹴った。痛みで手から離れた剣は、柄を蹴りあげられてアージェントの手におさまった。
男の手に剣が握られた瞬間、斬られると覚悟した。
その時、音もなく飛び込んできた影が、鈍く光る剣をふるった。
ぶつかり合ってキンと澄んだ音がした。それは剣ではなく、シアンが廊下に捨てた鞘だった。
エールは水平に構えた鞘で剣を受けとめて、勢いを完全に殺していた。目の覚めるような青い服が、風になびいた。
「兄さん、なにをしているの。ここは僕の宮殿だよ」
咎める声は、いつになく
「訓練だ。本気で斬るつもりはない」
「当たり前だよ。遊びたいなら、もう少し穏やかなやり方があるだろ。訓練所以外で剣をふるうことは禁止されていたはずだけど?」
アージェントは黙って剣をひいた。
エールはそれを確かめてから、兄に鞘を手渡した。剣をおさめると、腰に巻かれた革のベルトに繋ぎなおした。
「シアン、一体なにが原因なの。また兄さんにからまれただけ?」
手をひかれて、立ち上がった。
「からまれたというか……」と、事の
「娼館?」
エールが呆れたように繰り返したから、話さなければ良かったと反省した。たいしたことでもないのに、泣きついたことが恥ずかしかった。
「近衛兵は花街によく出入りしているもんね。でも、シアンは行きたくないんでしょう? だったら、無理に行く必要なんてない。別に僕らが女遊びに興味がなくたって、兄さんには関係ないだろ。あんまり意地悪が過ぎると、シアンにも嫌われるよ」
「女に興味がないなど異常だ。男にしか目が向かないのなら、おまえのそばに置いておくことも危険だ。将来、シアンを側近に取り立てるつもりなら、今のうちにはっきりさせておいたほうがいい」
「ちょっと待って。僕の友達に失礼なことを言うなら、本気で怒るよ」
エールは兄の言い草に、鼻白んだ。
「じゃあさ、僕が相手をするよ。剣じゃ危ないから素手にしよう。兄さんに勝ったら、シアンは娼館に行かなくてもいい。そういう勝負でどう?」
「剣も持たず、俺に勝てると思うのか」
「どうかな。体術を教えてくれたのは兄さんだろ。このところ背も伸びてきたし、案外いいところまでいくんじゃないの。どうせ兄さんは僕相手に本気は出せないだろ。たまには手合わせしてよ」
挑発的な態度に、アージェントは少しだけ眉間にしわを寄せた。
彼が実際に、機嫌を悪くしているのをまわりに悟らせることはあまりない。
返事を待たずにエールが踏み込んだ。
ふところに入られて、アージェントは反射で手を伸ばした。エールの腕がそれに絡もうとしたので、とっさにひじを引き身体をひねる。
シアンには見えない打撃にエールはよろけたが、低い位置で体勢をととのえ、足の甲で男の腰を狙った。防がれて、いったん後ろに引く。
「ふいをつかれても急所をはずすってことは、やっぱり僕には本気で殴りかかれないんだ」
喜ぶどころか、腹をたてているようにも見えた。
蹴りは兄の腕に遮られたが、身体をくるりと反転させて、もう一度同じ場所に叩きこもうとした。
足首をつかまれる前にすばやく着地して、つま先をすくおうとした動きを見切ってかわす。
エールの身のこなしは、演武のようによどみなく、しなやかだった。青い衣がはためくのさえ美しかった。
廊下には侍従が数名、足を止めて見守っていた。
エールは襟をとられたが、腕の下をくぐると伸ばした手を絡めて、アージェントの肩の関節をひねりあげようとした。ほんの一瞬の攻防のあと、エールは投げられて地面に伏した。
立ち上がろうと地を蹴った足を、靴で押さえつけられそうになって、それを退けた。
鋭い切っ先が、アージェントの服を切り裂き、間合いがひらいた。
エールが手にしていたのは、アージェントが身につけていた短剣だった。
「ごめんなさい。思わず、抜いちゃった」
荒い息を吐いてくちもとをぬぐうと、「ちょっとは成長した?」と尋ねた。アージェントは黙って弟の手から剣を奪い取り、鞘に戻した。