「氷泥のユキ」4月13日(金)発売予定!!

はじまりのユキ

「――忍君、カレシとデートってなにするの? どっかいったりする?」
「もちろんでかけたりもしますよ」
「どこどこ?」
「俺、千葉住みなんで、まあ、例の遊園地とか」
「えーっ、男同士で遊園地!? めっちゃ可愛くない? あはははっ」
 大学のサークル室内に、人を小ばかにする嗤い声が響いている。
 ノートパソコンに隠れて視線だけその嗤い声の主にむけ、大きくひらかれた口を盗み見ながら舌うちをこらえた。
 ……ゲイがそんなに面白いか。
「〝可愛い〟ですかね……あそこ大人でもいきますからね。年間パスポート買って、かよってる人も大勢いますし」
 嗤われいる当の本人は、すずしい顔をしてこたえている。
 今年の春うちの大学にやってきた後輩の豊田忍は、自分がゲイで、恋人がいることも公言している強者だった。嗤われてもからかわれても、とくに動じるようすもない。
 てか、おまえはなんでそんなに堂々としてられるんだよ。
「大人がいくのはわかるよ? 男同士のゲイカップルでいくっていうのが可愛いの。忍君、カレシとめっちゃラブラブだよね~」
「はあ……一応いまのとこはラブラブですかね」
「あはは、ウケるっ。いいな~」
 ウケといて〝いいな〟ってなんだ、わけわかんね。
「ありがとうございます」
 にっこりして自慢げに返してやる豊田は、歳下の後輩ではあるけれど、いまこのサークル室内にいる誰よりも大人びて見える。

 ひとり暮らしの家へ着いて背負っていたバッグをおろし、ベッドにばたんと倒れた。
 ――初めまして。一年の豊田忍です。えー……俺ゲイで、恋人もいます。よろしくお願いします。
 あいつがきてから半年近く経つっていうのに、いまだにあのインパクト大な自己紹介が時々脳裏を過る。どこか冷めたような淡泊な表情と声で、しれっとさらっと、ゲイだ、と言ってのけた。
 ほかにもっと言うことあんだろ。なんでわざわざそこチョイスしたんだよ。しかも大学進学してサークルに入って、華々しい一歩です、ってときにさ。思いっきりプライベートの、少なくとも初対面の奴らが大勢いるとこじゃまず隠しておく部分をさ。暴露するとかさ。どうかしすぎてるだろ。
 案の定、手を叩いて大爆笑されて、それでも余裕綽々に鼻の頭を掻いていた。
 おまえなんなん。度胸ありすぎ、怖いもんなしか。信じらんないよ。
 ……ゲイとしてどんな生きかたをしていたら、おまえみたいになれたのかな。
 ――店長、本宮とつきあってるってまじすか。
 ――うん、ホモだよホモ。面白いんだ彼、男相手なのにめちゃくちゃ一途でさあ。
 ――ははは、なにそれひっでえ。単に遊んでやってるって感じじゃないっすか。
 ――そりゃ本気でつきあえるわけないもんねえ。
 ――え、じゃあどんなつきあいなんです? セックスは?
 頭をうちふって、ベッドの上に身体を起こした。
 忘れろ、忘れろ。想い出すな、想い出すな。あんな初恋。
 念じながら、上着のポケットにしまっていたスマホをだした。可愛い動物アイコンを押して『アニマルパーク』を起動し、はあ、と息をついて背中をベッド横の窓へむけ寄りかかる。
 ロードが終わると、液晶画面に俺のアバター、白トラのユキが現れた。きりっとした目つきの男前。うん、今日も格好いい。白いボアつきコートに着せかえてお洒落してあげてから、いざゲイルームへ。
 ロッジ風の室内には、暖炉を囲むようにソファがならんでいる。まだ夜の八時で、時間がはやいのか人はひとりしかいない。黄色の可愛らしいイヌさんだ。名前はツヨシさん。
 頭のあたりをタップしてプロフィールをだしたら、『都内住み/29/セフレ可』とある。
 悪くないぞ。
 ――『ツヨシさん、こんばんは。初めまして、ユキって言います』
 彼が座っている向かいのソファへユキを座らせた。
 ――『こんばんはユキさん』
 彼もこたえてくれる。ちなみに俺のプロフは『セフレ募集中』。
 豊田みたいに大学でカミングアウトするのはどうかと思うけど、俺もこの性指向を悲観しないで、ゲイとして割りきって、自分らしく自由にのびのび楽しく生きていくって決めたから。
 ――『ツヨシさん、都内住みなんですね。俺もです』
 ――『そうなんだ』
 ――『俺歳上好きなんで、二十九歳っていうのもおいしいです』
 ――『はは。ユキ君はいくつなの?』
 ――『二十歳で、大学生です』
 ――『若いな~』
 ――『若いと、範囲外ですか?』
 ――『ははは。ユキ君ぐいぐいくるじゃん』
 ――『いきますよ、だってツヨシさんも相手探してるんでしょ?』
 ――『探してるけどね。ユキ君はここで出会って、セックスしまくってる感じ?』
 さあ、ここからが勝負だぞ。何人も何人もチャレンジして断られてきたんだ、気あい入れろ。怯むな俺。でも……やっぱ嘘はつきたくないから、とりあえず今回も正直に言ってみよ。
 ――『しまくってないです。気軽なつきあいができたらって思ってるけど、まだバージン』
 ――『あ、バックバージンなんだ~』
 ――『だめ? やっぱツヨシさんもバージンお断り派?』
 ――『そうだね。苦手かな』
 ンだよもう! また駄目! 惨敗!
 ――『どうしても駄目?』
 ――『面倒くさいことになりそう。セフレ募集してるバージンって警戒するよ。必死なところにただならぬ事情を感じるしさ。ユキ君って本当は恋愛に一途なタイプじゃない?』
 う。
 ――『もうちょっとスマートな雰囲気だったら考えたかな~』
 くっ……なにこの人、セフレ探しのプロかよ。
 そうだよ、好きになったらど一途のくそ乙女だよっ。見透かすなよ、てかなんでこんな数分で乙女ばれたんだよ、ダダ漏れかよっ、恥ずかしいかよっ。いままで俺とのセックス断った人たちにもダダ洩れてたってこと? めちゃんこ恥ずかしいかよっ。
 ――『……わかった。次はスマートにしてみます』
 ――『あはは。頑張って。俺そろそろ時間だから落ちるよ、またね~』
 ソファをおりた黄色いイヌが、手をふってぱっと消えてしまう。
 文字で数分しか交流していないのに、なんでこんなにあっさり、何度もフラれるんだろう。哀しい。そりゃ、初めてシて、いい感じで、相手も優しくて、相性よくて、ちょっといい雰囲気かなって思ったら好きになるかもしれないけどさ。いや、エッチだけでいいけどさ。
 不思議なぐらいフラれる。こんな俺とセックスしてくれる人、どこかにいるのかな。運命の相手がいるから、フラれてるのかな。……って、この思考が乙女か。やめやめ!
 うー、と唸ってまた布団の上に転がったら、ちょうど部屋のドアの前に新しい人が現れた。
 白いクマ。眠そうな感じの、目つきの悪いクマだ。名前は〝クマ〟ってある。
 クマさん。名づけかた適当すぎる。ソファに座っているユキも、ドアの前に立っているクマさんも微動だにせず、沈黙がながれている。挨拶しないと、と思って文字を打とうとしたら、ぽこんと先にクマさんの上に吹きだしが浮かんだ。
 ――『おまえ寝る相手探してるのか』
 なっ。あ、プロフ見てくれたんだ? えっと、ここでスマートにいかなくちゃいけないんだよな……?
 ――『探してる。恋愛抜きで、セックスだけできればいいやって思ってる』
 ――『都合がいい、俺もだ。じゃあ会うか』
 え、これスマートっ? 会うことになったぞ、一瞬で。どうしようこっちがびっくりだ。
 でもまだ、ここで乙女さを見せちゃ駄目だ。や、どうして洩れてるのか知らないけど。なんか、こう……格好よく、素っ気なく、スマートに。スマートに。
 ――『いいよ、会おうぜ』
 ――『ああ』
 彼から短い返事がきたあと、続けてぽんと友だち登録の申請が飛んできた。クマさんからだ。承認して、友だちリストにクマさんの名前が加わる。するとすぐに一対一で話せるプライベートチャットの窓がひらいて、今度はそっちで声をかけられた。
 ――(承認ありがとう。こっちの携帯番号送るから、おまえもよこせ)
 え。
(うん)とこたえた直後に、電話番号と思しき数字が届いた。
 俺もテンパりつつ、自分の番号を書いて送り返す。こんなにさくさくいくなんて、とどきどきしながら、クマさんの番号を自分のスマホに登録した。
 クマさんはセフレ探しのプロに違いない。そっか、リアルで会うときって、友だち登録して、こうやって電話番号交換するのか……。
(十九日の木曜日、九時に渋谷でどうだ)と日時と場所もさくっと決めてくれた。
 ――(うん、いいよ)
 ――(じゃあ当日な。着いたら連絡する)
 へ、終わり?
 ――(待ってよ、服とか、目印決めないの?)
 ――(数日前から会う日の服装決めるのかよ。デートじゃないんだぞ)
 うっ……やべえ、乙女ばれぎりぎりセーフじゃね?
 ――(おまえもセフレ募集してるぐらいだから、リアルで会うのも初めてじゃないんだろ? いつも細かく服装決めて会ってたのか?)
 うぐっ。
 ――(べつに、その時々によるよ。俺はアニパーだけじゃなくって、ゲイアプリでもめっちゃヤりまくってるセフレのプロだからな。ナメんなよな)
 ――(威張ってるあたり、小者感半端ないな。たいした経験なさそう)
 やばい、嘘までついたのにダダ洩れてるっ。
 ――(あるってば。クマさんはちょっと物言いがひどくない? なんか冷たい)
 ――(ヤるだけの相手に優しさ求めるなよ、おまえは甘えん坊の子どもか? いちゃいちゃしたいならほか探せ)
 だからっ、隠してるのに俺を乙女みたいに言うな、こんちくしょうっ。
 ――(違う、いちゃいちゃなんて求めてねえよ。挿入れられて気持ちよくなりたいだけだからな、ばかにすんな。クマさんこそ口ばっかりで下手だったりするんじゃないの? やだな~下手なセフレ相手困るな~)
 フンっ、と文字を送信してやったら、返事が途切れた。
 いけね、からかいすぎた……? とスマホを両手で握りしめて、クマさんのアイコンを見つめて待ってみる。気怠げな、眠そうな顔の白いクマ。
 ――(楽しみにしてろ)
 ぶわ、と一気に顔が熱くなった。クマさんは(じゃあな)とだけ残して、オフラインになってしまう。
 ……楽しみに。
 そうか、俺セックスするんだ。相手、とうとう見つかったんだ。
 クマさんってどんな人なんだろう。クマっていうぐらいだから、やっぱりごりごりの髭面の、クマっぽい男なのかな。それならまあ、いいかな。好みと真逆のほうが好きにならなくてすむし。
 ――店長、本宮とつきあってるってまじすか。
 ――うん、ホモだよホモ。面白いんだ彼、男相手なのにめちゃくちゃ一途でさあ。
 好みど真んなかの、歳上でスタイルよくて格好いいノンケ男とは、三年前にすこしつきあって別れた。現在は、いくつかもらった想い出だけがここにある。
 しばらくはセックス楽しむだけでいいんだ。いまは、ゲイの自分の身体を受け容れてくれる仲間がいるって感じたい。それだけでいい。
『アニパー』をとじてスマホを離し、ため息をついて布団に顔をこすりつけた。ごりごりのガチムチのクマさんかー……。
 木曜日、九時に会う。セックスをする。
 どうなるんだろう。どんなふうにセックスするんだろう。セックスって、どんなものなんだろう。恋人同士のセックスと、どう違うんだろう。恋人とのセックスのほうがあったかいんじゃないか、って思っちゃうとこが我ながら乙女だよな。
 楽しみにしてろって言われたんだ、クマさんがどんなセックスしてくれるのか、いまはなんにも考えないで楽しみにしておこう。
 木曜日の九時に会う。
 クマさんっていう、本名も外見も知らない男と、俺は人生初めてのセックスをする――。

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