ダリアカフェ

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お隣さんは過保護な王子様(プリンス)著:若月京子

   ★ ★ ★

 野間玲史は十八歳。第一志望の大学に受かり、大きな希望とそれ以上に大きな不安を抱いているところだった。
 実は玲史は、高校生活をまともに送っていない。
 高校入学してすぐに交通事故に遭い、入院生活となってしまったため、ようやく高校に通えるようになったときには、もうクラスの人間関係ができあがっていたのである。
 おまけにバレー部の期待の次期エースでクラスでも人気者の尾形が、おかしな感じで絡んできた。
 真っ黒な髪と目を持ち、肌の色が白い玲史はおとなしく見られがちで、尾形も最初からどこか偉そうな態度だった。
 明るく話しやすく、誰にでもフレンドリーなイケメンの尾形だが、玲史は苦手だ。孤立している自分に声をかけてくれるのはありがたかったが、その構い方にどうにも性的なものを感じて苦手だったのである。
 中学生の頃からその手の若い男や中年男性に声をかけられていた玲史は男の下心に敏感で、それゆえに尾形と距離を取ろうと苦心する。
 しかし尾形はしつこく絡み、そのせいで余計他のクラスメイトから孤立する結果になった。しかも途中からは本当に性的な接触を含むようになり、校舎内で襲われそうになったことから怖くなって不登校になってしまった。
 原因が原因なので両親にも説明できず、事故のブランクでうまくクラスに馴染めないとしか言えなかった。
 姉にだけは本当のことを打ち明けたおかげで口添えをしてもらえ、登校しろと無理強いされずに過ごさせてもらうことができたのである。
 結局高校は退学して家にいることになったが、もともと真面目な性格だから生活が荒れることもなく、申し訳なさから率先して家事をこなし続けたため、今ではプロ並みの手際だ。
 両親ともにとても忙しい大学病院の勤務医なので、疲れて帰ってきたときに綺麗な部屋と美味しい食事が待っているのは嬉しかったらしい。
 玲史が早寝早起きの規則的な生活を送り、買い物のために外にも出かけるし、大検を取るための地道な努力をしていたから、両親も途中から心配するような言葉は言わなくなった。
 晴れて大学に合格した今は、今度こそがんばろうと気合が入っている。
 入学式を一週間後に控え、大学でもらった要項を何度も読み返していると、ピンポンとインターホンが鳴る。マンションの入り口ではなく、玄関のほうのインターホンの音だ。
 なんだろうと思いながらインターホンに出てみると、隣の部屋の人が引っ越しの挨拶に来たとのことだった。
「はい、ちょっとお待ちください」
 玲史はインターホンを切ると急いで玄関に行き、扉を開ける。
「───」
 扉の前に立っていた男と目が合って、その瞬間玲史はビクリと震えた。
 日本人にはない銀色にも見えるグレーの瞳に、青い色が見える。怖いほど綺麗なその色に魅せられ、鋭く射抜くように見つめられ、妙に怯えてしまったのである。
 しかし男の目はすぐに優しげなものに変わり、自己紹介をした。
「どうも、こんにちは。隣に越してきた佐木龍一です。これからどうぞよろしくお願いします。これ、どうぞ」
 にっこり笑って有名菓子店の箱を差し出してきた青年は金色が混じった明るい茶色の髪で、肌色も顔立ちも日本人離れしている。
 イケメンやハンサムと言うより美形と言うほうがふさわしい、素晴らしく整った男らしくも美しい顔立ちである。
 おまけに玲史より二十センチくらいは長身で、体格もいい。笑顔で挨拶をしてくれたからよかったが、ちょっと後ずさりたくなるような迫力の持ち主だった。
 そういえば先日引っ越ししていった隣の若夫婦は、奥さんのほうが「代わりに弟が入りますので、よろしく」と言っていた。
 綺麗で上品な彼女も綺麗なグレーの瞳の持ち主で、ハーフだと言っていた。
「ええっと…こちらこそ、よろしくお願いします。ここのお菓子、美味しいですよね。ありがとうございます」
「親に持たされたんですよ。俺は一人暮らしをするのは初めてなので、いろいろ教えてもらえると嬉しいです。特にこの街のこと…スーパーとか、旨い店とか」
「あ、はい。いいですよ」
「本当に? 本気でお願いします。何しろ炊飯器の使い方しか教えてもらっていないから、今夜から早速何か買ってこないと」
「ええっ!? 炊飯器の使い方だけ? じゃあ、味噌汁とかおかずは?」
「味噌汁はお湯を注ぐだけのがあるらしいし、おかずは最初のうちはスーパーとか惣菜店で買ってくればいいかと思って。慣れてきたら、目玉焼きから始めてみる」
「目玉焼き……」
 それすら作ったことがないのかと、玲史は目眩を感じる。
 よくそれで一人暮らしをする気になったなと、感心さえしてしまいそうだ。
「かなり、切実ですね。よければ、これから案内しますけど」
 どうせ玲史は暇だし、お隣さんと仲良くしておくと何かあったときに心強い。
「本当に? 助かります」
「ちょっと待ってくださいね。上着を取ってきます」
「じゃあ、俺も」
 いったん別れて、玲史はもらった菓子の箱をリビングのテーブルに置く。そして自室に戻ると上着を羽織り、スマホと財布をポケットに突っ込んだ。
 靴を履いて外に出るとちょうど龍一も出てきたところで、連れだってエレベーターに向かう。
「あー…ところで、なんて呼べばいいのかな?」
「……そういえば、名乗っていませんでしたね。野間玲史です。うちはみんな野間なので、玲史って呼んでください」
「俺は龍一でいいよ。年は十九歳で、大学二年になるところ」
「十八歳で、大学一年です」
「一つ下か。どこの大学?」
 大学名を言うと、龍一は驚きの表情を浮かべる。
「俺と同じだ。へー、後輩か。俺は法学部だけど、玲史は?」
「同じです。すごい偶然ですね」
「本当にな。でも、ちょっとホッとした。後輩なら、俺にもいろいろ教えられることはあるから、遠慮なく頼れる。姉貴の部屋を借りて一人暮らしできるのは嬉しいけど、メシしか炊けないのはヤバいよな」
「ボクは料理得意なので、教えますよ。慣れれば簡単です」
「おお、マジでよろしく。その代わり俺は、教授のこととか、試験のコツを教えるよ」
「お願いします」
「持ちつ持たれつってことで」
「はい」
 大学の先輩後輩と分かって、一気に距離が縮まった気がする。
 エレベーターを降りて外に出て、駅のほうに向かって歩きながら、この店は美味しい、この店はダメと教える。
 マンションと駅の間には二つのスーパーがあって、それぞれ特徴があるためにその使い分けの方法も教えた。
「生活用品は全部置いていってくれたから、問題はおかずなんだよな。やっぱり基本はスーパーと弁当屋になっちゃうか」
「テレビで見るような、元気な商店街ではないですからね。レトルトと冷凍食品もわりと美味しいですけど、ちょっとしたおかずは自分で作れないと不便じゃないかな?」
「だよなぁ。いや、本当に、そのあたりよろしく」
「はい。まずは目玉焼きからですね」
「そのあと、オムレツだな。簡単な朝食メニューから教えてほしい。いちいち外に食いに行くの、面倒だし」
「分かりました。それじゃあ、パンとか卵を買って戻りますか?」
「その前にコーヒーが飲みたい。豆も買いたいし」
「コーヒー専門店があります。父のお気に入りの店で、うちはそこで豆を買っていますよ」
「それじゃ、そこに行こう」
 大通りから一本入ったところにこぢんまりとしたその店はあり、前を通るだけでもコーヒーのいい香りがする。
 二人は空いている席に座ると、龍一が奢るからと言ってケーキセットを二つ頼んだ。
 夫婦で経営している小さなこの店では、ケーキは自家製で一種類のみだ。日替わりだが、とても美味しいと評判である。
「はー…旨い。姉貴のとことは、豆の好みが違ってさ。あっちは酸味好き、俺は苦味好きなんだよ」
「ああ、ボクも酸っぱい系のコーヒーはちょっと苦手です。おかげで少し安くすむから嬉しいですけど。酸味の代表のブルーマウンテンとか、高いですもんね」
「買うなら、しっかりローストしたブラジルかなー」
「あ、今のうちに言っておくと、好みの感じでローストしてもらえますよ」
「お、マジ? ちょっと失礼」
 龍一は慌てて立ち上がり、マスターのところに行って持ち帰りの豆をオーダーしている。
 肩ひじ張ることなく話せる龍一に、玲史はホッと吐息を漏らした。
 久しぶりの学生生活ということで大きな不安もある中、龍一という頼もしい先輩ができたのは本当に嬉しかった。
「注文してきた。いいな、ここ。コーヒーだけでなくケーキも旨いし、男でも入りやすい」
 ケーキ店はどうしても女性客ばかりだから、甘いもの好きな男にとっては敷居の高い場所だ。だがこの店の客は男のほうが多いので、居心地がいい。
「駅の近くに美味しいケーキ店があるから、テイクアウトすればいいですよ。コンビニのデザートも美味しいし」
 大通りだけでも三つのコンビニがあるから、便利なのは間違いない。
「大学の学食って、どんな感じですか?」
「そうだなー…いくつかあるから。速さと安さ重視のとことか、オシャレなカフェテリア風とか。俺は面倒くさがって法学部の棟のに行くことが多いけど、結構旨いぞ。メニューも豊富だし」
「へー。学食のイメージだと、定食にカレー、ラーメン、ソバっていう感じですけど」
「高校はそんなもんだが、大学は学食自体デカいからな。そこらのファミレスよりメニューは豊富だ。ラーメンだけとっても、豚骨ベースに塩、醤油、味噌とあるぞ。他の棟のラーメンは鶏がらベースとかな」
「えっ、それ、すごいですね。棟によって違うんですか?」
「同じだと、つまらないだろ。棟ごとに違う業者が入っていて、競わせているらしい。大学だと一定数の客は見込めるし、大学側からも補助が出るから、どこもわりと安くて旨いぞ」
「それは、楽しみです。あまり美味しくないようだったら、お弁当を作っていかないとな~と思っていたので」
「他の棟もあるから、そうそう食べ飽きたりしない。おまけに期間限定で地方フェアをやったりするしな。沖縄フェアのときは、ビールが飲みたくてまいった」
 学生にとって一番の関心ごとである学食事情についてあれこれ聞いてから、二番目の関心ごとである講義内容について聞く。
「一、二年のうちは、講義数が多いから大変だぞ。法学部は暗記ものが多いしな。玲史は、どうして法学部を選んだんだ?」
「ええっと…暗記は得意だし、就職に有利だと聞いたことがあるので……。検事とか弁護士は性格的に向いていない気がするから、公務員か民間企業か…じっくり考えます」
「ああ、どっちも大変だもんな~。……って、俺は弁護士を目指してるんだけどな」
「もう決めているんですか? すごいですねー」

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