ダリアカフェ

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お隣さんは過保護な王子様(プリンス)著:若月京子

 そう言って布巾で取っ手を持ち、それぞれの前に置く。
「おーっ、旨そう」
「今日のも完璧ねー。さすが、玲史」
 玲史も自分の分を置いて席に座ると、いただきますと言って食べ始める。
「うん、旨い。ホワイトソースがなめらかだな。これ、俺も手伝ったんですよ。牛乳を注いだだけですけど」
「私が作ると、どうしてもダマができちゃうのよね。せっかちだから。ああ、ワインと合う。でも、お味噌汁も美味しいわ~」
 常日頃から食べないと体がもたないと言っている両親は、かなりの健啖家だ。大いに食べ、大いに飲む。
 龍一も体格に見合った胃袋の持ち主らしく、三人よりも大きな耐熱皿で作ったグラタンをパクパクと食べ進めていく。
 ビールを飲みながらご飯と味噌汁もお代わりし、旨いを連発してくれた。
 ついでに父が冷蔵庫の中からもう一本ビールを取り出してきて、ちょっとした宴会となったのだった。

   ★ ★ ★

 その日から、玲史と龍一の交流は頻繁になった。
 龍一は付き合いが広いらしくて毎日のように出かけているらしいが、帰ってくると玲史のところに顔を出して料理を手伝っていた。
 包丁はまだおっかなビックリという感じだが、ピューラーは簡単なので楽しいという。小口切りやイチョウ切りといった言葉も覚え、つたないながらも一生懸命だった。
 家事を教えるだけでなく、ときには一緒に映画を見に行ったり買い物をしたりして、気心の知れた仲になりつつある。
 そうして迎えた大学の入学式は、両親が揃って出席した他に、姉も仕事を休んで来てくれた。この三年間、彼らがどんなに玲史のことを心配していたのか分かる。
 大学生活は無事にスタートし、朝一から入っていた講義では早速教授に脅された。
 代返は許さないし、レポートの不出来や試験の点数不足で容赦なく単位を落とすという話だ。この大学は司法試験の合格者が多いことで有名だから、やはそのぶん大変らしい。
 浮かれていた室内が、ピリッと引き締まったのが分かった。
 玲史のように就職に有利だからと法学部を選んだ学生も多いのだろうが、成績は優秀に越したことがない。単位不足で留年するなど、とんでもない話だった。
 昼休みは龍一に、法学部の後輩を紹介するから一緒に昼食を摂ろうと誘われていた。
 ノートなどを片付けてロッカーにしまい、棟の一階にある学食に入ってみると、すでにもう学生で混み合っている。
 とりあえず玲史は日替わりランチを購入して、もう龍一は来ているのだろうかと辺りを見回してみる。
「おーい、玲史。こっち、こっち」
 声のしたほうを見てみれば、龍一がいて手を振っている。
 玲史がそちらに行くと、隣の席をポンポンと叩いて座るよう言った。
「剣道部の後輩の、内田と丸川だ。それでもってこっちは、野間玲史くん。俺のお隣さんで、一人暮らしのための先生なんだよ。お前たちは同じ法学部だから、仲良くやってくれ」
「はい」
「よろしく」
「こちらこそ」
 互いに挨拶をし、冷めないうちにと昼食を食べながら会話する。
「お前ら、朝一から講義だったんだって? うちの教授陣、きついだろう。法学部は堅物揃いで有名だからな。本当にビシビシ単位を落とすから、気をつけろよ」
「はい。一限、二限と連チャンで脅されて、怖かったっす」
「マジ、泣きそうになりました」
 玲史もそれに、うんうんと頷く。
「ああ、最初に一発かますんだよ。でも、真面目にやって卒業できれば就職はバッチリだぞ。教授陣の厳しさも、就職率のよさに繋がってるからな」
「が、がんばります」
「俺、国家公務員を目指してるから、結構必死なんですよねー」
「俺は検事です。だから、本当に必死です」
「国家公務員? 検事?」
 内田と丸川の言葉に、大学に入学したばかりでもうしっかりと志望先が決まっているのかと、玲史は驚いてしまう。
「昔から刑事もののドラマが好きでさ、その影響。検事も弁護士も大変な仕事だけど、弁護士は悪人も弁護しなきゃいけないから、精神的によりきついかと思って」
「ああ…うーん、なるほど……。でも、検事は見たくないものをたくさん見なきゃいけないから、つらい気がするんだけど。殺人事件とか、現場写真でトラウマになるって聞いたことがある……」
「ああ、俺も新聞で読んだ。でも、それを言ったら刑事事件の弁護士だって同じだろ。それに、現場で直接遺体を見る警官なんて、もっときつくないか? それに比べれば、写真なんてマシだよ」
「それもそうか……」
「野間は? もう行きたいとこ、決まってるのか?」
「まだ、全然。公務員か、民間企業か……それすら決めてない」
「まぁ、それが普通だよな。俺たち、大学に入ったばかりだし」
「うん」
「先輩は、来年、司法試験を受けるんですよね? 勉強とか、もうやってますか?」
「ああ、時間を見て、少しずつな。うちの講義、ちゃんと聞いておけよ。司法試験を受けるつもりなら、役に立つらしいから」
「はい。居眠りで減点って言われてますしねー」
「あ、それ、マジ。減点三で、欠席扱いになる」
「き、厳しい……」
「マジですか? それ、厳しすぎないですかね? 大学生って、もっとこう…いろいろ解禁されて、楽しいものだと思ってたんだけどなー。文化祭に顔を見せに来てくれた先輩たちも、大学は自由で楽しいぞーって言ってたのに」
「そういうことを言うと、『キミたちは、勉学のために大学に来ているのではないかね?』って言われるぞ。正論だから、言い返せない。司法試験の合格者数は、教授たちのプライドにもかかわってくるしな」
 せっかく大学生になったのに、遊ぶ暇がないと二人は嘆く。
 話を聞いていると、どうやら二人は高校のときから龍一の後輩で、付属からそのまま受験勉強なしで上がってきたらしい。
「二人とも、大学でも剣道部なんだよね? 部に入っていたら、ますます遊ぶ時間なんてなくなる気がするけど」
「そうだけどさー。うちの大学、そんなに厳しくないって聞いてるし。目指せ優勝…なんていうレベルじゃないからなぁ。佐木先輩くらいですよね、全国を狙えるの」
「あー…団体戦は無理かな。都大会を突破するのが、厳しいんだよ。毎年、いい線まではいくんだけどな」
 東京は大学の数が多いから、そのぶん層も厚くなる。団体戦は一人二人強い選手がいても勝ち残れないので、部全体の底上げをしなければならなかった。
「いや、でも、あんまり高い目標を掲げられて、毎日朝練とか言われても困るので、ほどほどがいいです」
「だよなー。剣道は好きだけど、バイトもしたいし。毎日練習があると、他に何もできなくなるもんな」
 熱血とは程遠い二人に、龍一は笑っている。
 体育会系だから上下関係はしっかりしているようだが、和気藹々とした雰囲気だった。
「野間も剣道部に入れば? 初心者歓迎だぞ」
「んー…昔、事故でちょっと膝を痛めたから、運動部はやめておく。ちゃんと完治してるし、後遺症があるわけじゃないんだけど、走り込みとか筋トレは自信ないから」
「そうなのかー、残念。でも、一回見学に来いよ。佐木先輩目当てで、わさわさ女の子がいるから。華やかだぞー」
「ああ、龍一さん、女の子にモテそうだもんね」
 一九一センチの長身に、金茶色の髪とグレーの瞳のハーフだ。体格もいいし、文句なしの色男なのに、剣道も全国大会で優勝を狙えるほどの腕前らしい。
 入学式前のサークル紹介の時点で二十数人の女の子が入部し、それは続々と増えているとのことだった。
「ハードな基礎トレをさせて、この一週間で半分に減らす予定だ。二週間後には三分の一残っているかどうかだな」
「えーっ。せっかく華やかなのに。女っ気のない高校生活だったから、辞めさせるなんてもったいないですよ」
「今のままじゃ、人数が多すぎて練習にならない。うるさいしな。初心者は歓迎でも、男目当ての女は歓迎できないんだよ」
「それは、モテるから言えるセリフですよー」
「黙ってても女の子が寄ってくる男の余裕……」
 二人は恨めしそうに龍一を見据える。
 龍一は、フンッと鼻で笑った。
「俺は、ハンター系の女は好きじゃないんだよ。なのに、周りをそんな女で固められてみろ。うんざりさせられるに決まってる」
「羨ましいとしか言えません」
「俺も、ハンターに囲まれてみたいです。先輩に言い寄る女って、自分に自信があるタイプだけあって、美人だったり可愛かったりする子ばっかりじゃないですか。いいな~」
 心の底から羨ましいと言う彼らに、龍一は呆れた視線を向ける。
「お前ら、そんなんだとろくでもない女に引っかかることになるぞ。ハンターの中には、男を金蔓としか見ない女もいるんだからな。ねだられるままバッグやらアクセサリーやらを貢いで、借金を背負って退学していったやつもいるんだぞ」
「えーっ。俺たち、貢ぐような金、持ってないですもん」
「だから、借金まみれになったんだろ。言っておくが、退学したやつはごく普通の金銭感覚の持ち主だったらしいぞ。女が遥かに上手だったんだよ。俺の経験から言うと、自分に自信のある女は面倒くさいの一言だ」
「……一度くらい、面倒な目に遭ってみたいような……」
「だよなー。さすがに借金と退学は勘弁だけど、悪い女に振り回されるのも一度くらいなら経験してみたいというか……。野間もそう思わないか?」
「え? うーん…いや、ちょっと無理。大学の勉強だけでも大変そうなのに、女の子に振り回される余裕なんてないよ。一、二年のうちは必修科目も多いし、レポートもガンガン出すって宣言されてるんだから」
「そんな夢のないこと言うなよ。女の子のいるキャンパスで、楽しい楽しい大学生活を夢見てがんばってきたのに」
「厳しい法学部で、剣道部に入って、バイトもして、そのうえ在学中に司法試験に挑戦しようと思ってるなら、あまり浮かれてる時間はない気がする……」
「ああ~浮かれ気分が潰されていく……」
 嘆く内田に、龍一が笑いながら言う。
「大丈夫、時間配分なんてなんとかなるもんだ。楽しもうとすれば、ちゃんと楽しめるぞ」
「先輩は頭もいいからなぁ。俺たち凡人は、すっごいがんばって勉強しなきゃいけないんですよ」
「大学の試験は部に伝わる想定問題集でそれなりの点数が取れるが…司法試験は努力あるのみだからな。暗記しなきゃいけないものの量の多さには目眩がする」
「先輩でもですか? ううーっ」
 頭を抱えて唸る内田の横で、丸川が眉間に皺を寄せている。

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