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陽だまりに吹く風著:吉原理恵子

 口を尖らせるのだが。デカイ図体でスネてみせても実害が減るわけではなく、かえって鬱陶しさが増すだけであった。
 なにしろ。いまだ成長期を地でいく身長は一真よりも二〇cm以上も高く、体重に至ってはおそらくその差が三〇kgぐらいあるだろうデカブツに、遠慮もなく、それこそ全身でベッタリ懐き倒されるのは見た目よりもはるかにしんどかったりするのである。
 ――マジで。
 肉体的にも、精神的にも……。
 人間、極端な潔癖性か対人恐怖症でない限りは多少のスキンシップなど気にならないものだが、そいつの場合は世間様の常識を逸脱しているとしか思えないのだ。まさに、大型犬が構ってオーラ全開でジャレついてくるかのごとく、なんのテレも遠慮もなかった。
 もしかして。
 偶然……。
 ――いや。つい、うっかり、目と目が合ってしまったその瞬間に、何かとんでもない『刷り込み』が入ってしまったのではないだろうか。『スキンシップ』というには過激すぎるその言動に、一真は、
(…ったく。何を考えてんだかなぁ)
 どっぷりと、ため息を漏らさずにはいられない。
 これが、意味ありげな嫌がらせや含むモノありありなタチの悪いジョークならば、一真のアンテナにもすぐに引っかかるのだが……。
 なんといっても。誰が、どこから見ても、
『自分より小柄な飼い主に、千切れるほど尻尾を振って懐き倒すペット』
 ――にしか見えないところが、一番の問題だったりするのかもしれない。
「おれと友達になって」
 その好意を別口で実践する天災男は、本人的にはまったく害意がないらしい――だけに、よけいに始末が悪かった。
 女生徒が嬌声を張り上げる甘いマスクも。モデルばりの八頭身も。本来ならば、同性相手では謂れのない反発を招く元凶だったりするのだろうが。
 妬みも。
 嫉みも。
 皮肉も。
 羨望も。
 凡人の思考回路を大きく逸脱してあまりあるノーテンキな言動の前では、まさに『糠に釘』状態なのだった。
「おまえ……それって、どうよ?」
 それを口にして、
「何が?」
 真顔で問い返されることほど、疲れるモノはない。
 そいつの場合、誰にでも愛想がいいくせに。望めば、自薦他薦の区別なく好きに選び放題のくせに。なのに、関心のベクトルが一真の方に振り切っているのを隠そうともしないのだ。
 その、一真ですら。
『何が、冗談で』
『どれが、本音で』
『いったい、どこまでが本気なのか』
 ――わからない。
 そんな。少し……どころか一般人とはかなり感性のズレまくった大型犬の名前を、神奈木辰巳といった。

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