ダリアカフェ

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engage1 君だけを愛す著:ふゆの仁子

 愛している。

 この言葉を、自分が本当に愛している人間から伝えられることが、どれだけ幸せなことか。
 伊関拓朗は実際に経験して初めて、本当の『至福』というものを味わっていた。そして今までつき合ってきた相手に伝えてきた言葉が、いかに上っ面だけのものだったかも、改めて思い知らされた。
 特に自分が同性にも反応すると自覚して以来、本当に人を愛することから逃げた。
 無意識に友人に反応する自分を嫌悪し、そんな自分を忘れるために半ば無理矢理女性と一夜を共にした。自分を正当化するために口にする吐きそうなほど甘い台詞が、さらに嫌悪感を増加させた。
 心の繋がりがなくとも身体は反応して、生理的欲求だけが充足され、相反するように気持ちだけが枯れた。それによりさらに心が冷め荒むことで、余計に無益なセックスを求めた。
 すべてが悪循環だった。
 いつかはこんな思いをしなくて済む日が訪れるかもしれない、いや、一生訪れない。
 葛藤する日々だけが過ぎた。
 それによりさらに答えの出ない考えを頭の中で行ったり来たりさせながら、夜の街を彷徨っていた。
 そんな日々が、愛する人に出会えた今は、既に懐かしくなり始めている。


 ◇engageⅠ 君を愛す


「拓朗。さっきから何を苦虫を噛み潰したような顔をしている?」
 頭の上から響く心地好い高さの、少し掠れた声に気づき、伊関拓朗は両手を頭の上で組み、思いきり身体を伸ばしてから、顔を後ろに向けた。
「ちょっと昔のことをね、思い出していたんだ」
 唇の端で笑って、ソファの上に身体を横たわらせて寬いでいる永見潔の頬に軽くキスをする。
「それよりも潔は何を一生懸命読んでるの?」
 雑誌を横から覗き込む。そして思わず「げっ」と小さな呻き声を上げる。
「さすがだな。セックスしたい男のNO.1とは」
 それはもうかなり前に発行された隔週発行の女性誌だった。
 一年に一度、毎年同じ時期に、『セックスしたい男、したくない男』を発表するのだが、たかが一雑誌の女性読者のアンケートにすぎないその結果が、ありとあらゆる芸能人たちにとって、ある種のステイタスやコンプレックスのもとになっていた。
 伊関は今回、ランキング初登場にもかかわらず他を圧倒する票で一位に選ばれ、一躍時の人となった。その雑誌のインタビューの依頼もあったが、あまりの恥ずかしさに断ったという経過があった。
「どうして今頃こんな雑誌見てんだよ!」
 伊関は顔を赤く染めて、その雑誌を奪い取ろうとするが、恋人はそれを許さなかった。
「何を怒る? 男として一番名誉なことだろう?」
 にやにや意地悪な笑みを浮かべる相手の表情に伊関は肩を竦めた。
「全然名誉なんかじゃないよ、こんなの」
 伊関はその雑誌を、今まで捨てずに持っていたことを思いきり後悔する。
 確かにどういうランキングであれ、一位に選ばれることは名誉かもしれない。でも本来俳優である伊関本人としては素直に喜ぶ気はない。
 セクシーだろうがなんだろうがどうでもいい。金輪際自分は絶対女性はもちろん、他の男性とSEXすることはない。人気度を示すと言われても、伊関当人にとっては誉め言葉にはならなかった。
「拓朗」
 うなだれる伊関のうなじの辺りにひんやりと冷たいものが触れ、ついでに生暖かい感触が当たり、背筋がぞわりとする。
「童貞の高校生の子供じゃあるまいし……そんなことで照れるな」
 くすくすという笑い声とともに、生きもののように自在に動く舌が耳朶を覆った。しなやかな腕が首からするりと前に回り、胸元ではだけられているシャツの中に潜ると、滑らかだが逞しい胸に下りてくる。
「照れているわけじゃないんだ」
 伊関は小声で呟きながら、永見の誘いに応じるべくゆっくり振り返ると、すぐ目の前に、一番好きな顔があった。
「潔」
 愛しい男の名前を囁いた口をそのまま相手の口に重ねる。軽く唇と唇が触れ合うと、待っていたように永見の舌が伊関の口中に侵入してくる。
 お互いの舌が絡み合い、刺激する。逃れればついてきて、追いかければ離れる。慣れた口腔内の愛撫は、次なる行為への合図でもあった。
「……んっ」
 時折苦しげに声にならない声がどちらからともなく漏れるが、二人ともすぐには口づけを終えようとはしない。
 伊関は永見との口づけが好きだった。
 永見の表情を盗み見る。普段禁欲的で無表情なそこに感情が生まれ、やがて欲情に濡れ、乱れていく様子はそれだけで伊関を煽り立てる。
 もちろん永見もされるがままでいるわけではない。伊関の上半身を露にし、その肌を丹念に愛撫する。
 それぞれが十分にえてくるのを待つうちに、唇の端から溢れて流れ出した唾液が、永見の細い首を通って鎖骨の窪みで止まる。
「拓朗」
 永見は唇を離し、伊関の首をすっと撫でた。
 伊関は体重をかけてソファに押し倒した永見の身体に覆い被さり、服の上から肌を愛撫し始める。
 今日は休日ともあってさすがにラフな服装をしているが、タグを見れば『普段着』であるはずのこのシャツでさえ、高級ブランドの品であることがわかる。
 さすがに最近でこそ気をつけるようになったが、かつては一着何万もするような服を平気で何枚も破っていた。知らなかったとはいえ、あまりに怖いもの知らずだった。
「安物だから気にするな」
 今でこそ長者番付に名前が挙げられる立場になっているが、元来伊関は庶民なのだ。服の値段を知ったときには真っ青になったものだ。
 だから逸る気持ちを抑え、ボタンをひとつひとつ丁寧に外していく。
 けれども我慢ができない場合、服は脱がさずにそのまま挑む。
 今は後者だった。
 口づけですでに伊関自身は熱くなっているが、布越しに触れる永見も同様だった。
 永見は自ら身体を捻って伊関の手を求めてくる。触れ合う唇が早くと訴えている。
「潔」
 熱い息を吹きかけながらズボンのファスナーに手をかけると、永見も協力して腰を上げた。
「拓朗、早…くっ」
 外に出た白く細い足が、伊関の腰にきつく絡みついてくる。
「焦るなって……」
 早く欲しいのは伊関も同じだが、こんな風に求められると焦らしてしまいたくなる。焦らせば焦らすほど、自分の下にいる男は、淫らに、積極的に振る舞う。肌は赤く染まり、情欲に濡れた瞳が艶を増す。
 伊関は欲望を抑えつけ、猛る自分で永見の下腹を刺激する。
「くう……!」
 はっきりした目元が苦しげに歪み、綺麗に整えられた眉が寄る。肩に回っている手に力が込められ、爪が食い込んでくる。
「早く……してくれ」
 緩やかに腰が押しつけられてくるが、伊関はまだ望むものを与えるつもりはなかった。
 代わりに、天を仰ぐ熱い中心に手を伸ばし、腰の奥に指を伸ばす。収縮する熱い縁を指でなぞってからたまにひっかくようにすると、永見の腰が跳ねた。
「あ、は……んっっ」
「ここ、感じるんだ……?」
 熱い囁きで尋ねると、永見は吐息で応じる。
 何度も、それこそ数えきれないほど味わった身体ではあるが、抱くたびに新しい発見をし、伊関はより永見に夢中になった。飽きることなど決してない気がする。知れば知るほど、抱けば抱くほど溺れていく。こんな感覚を味わうのは生まれて初めてだった。何も知らない同士、身体から始まった関係で、ここまで深く愛し合えるとは思ってもいなかった。
 肌を触れ合わせたまま身体をずり上がらせ耳元で息を吹きつけると、永見の全身が震えるのがわかる。同時に伊関の指を銜え込んでいる場所もさらにきつく収縮した。
「あ……拓朗っ」
 永見は喉を反らせ、喘ぎ声を上げる。
 立ち上がっている場所から堪えきれずに溢れ出したものが、伊関の指を濡らし始めた。指先でそこを嬲りながら、永見を煽る。
「これだけで達けそうじゃない」
 そんな伊関の言葉に、永見は正気に返って目を見開いた。
「ふざけるなっ!」
 掠れた声で怒鳴って、伊関の顔を欲望に濡れたままの瞳で睨みつける。凄絶に美しく、凄絶に淫らだ。
「人を揶揄って何が楽しい?」
 自分の欲求に忠実な永見の姿に、伊関は微笑まずにはいられなかった。
「……どうして笑う?」
 永見は自分の上で笑っている伊関に腹を立て、不機嫌な声を上げる。
「ヤル気がないならもういい」
 一向に態度を改めようとしないために、まだ熱に火照ったままの身体を起き上がらせて、伊関から逃れようとした。怒りは本物だ。伊関は慌てて永見の肩に手を置く。
「待った」
 だが、すぐそのまま戻される。
「ヤル気がないなんて言ってない」
 伊関は永見の細い身体を易々と組み伏せ、もう一度白い胸元に口づけを落とす。
 永見は抵抗するのを諦め、そっと自分の肌に舌をめぐらせる男の髪に指を埋めた。
「わがまますぎるぞ」
「どっちが?」
 伊関はにやりと笑って、永見が望んでいたものを、ぐいと彼の腰に押しつけた。

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