「……まあ、じゃあこのサラダもおかずにして一緒に食べよう。ご飯も残っているのはありがたいな。歩和はすっかり自炊が得意になったね」
「でもひとりぶん作るのって難しいから、はやくかずとと一緒に暮らしたい」
「俺もおなじ気持ちだよ」
毎日メッセージや電話で会話は重ねているものの、おたがい忙しくて平日はほとんど会えない。
すこし前まではどちらかの家に寝泊まりして半同棲状態で過ごす余裕も多少あったのに、俺が卒論制作に着手し始めてからは難しくなってしまった。
「自分のせいだけど、健康体の俺が風邪なんかひいたのは淋しいからかもしれないよ。シロにも会いたいな」
淋しい、と思ったり、それを認めて口にだしたりしている自分の変化にもいまさらながら驚く。
かずとにも伝えたことがあったけど、昔は知らない感情だった。
自分がひとりで孤独だ、という感覚。意識。
ひとりでは孤独になれないからだ。
誰かと出会って、ふたりになることを知ってから初めて本当のひとりになれる。
孤独を知ってしまう。
俺に初めて〝ふたり〟を教えてくれたのはかずとだから、かずとがいないと恋しくて、淋しくなってしまう。
いまはお祖母ちゃんや継父さんやシロもいて〝家族〟まで知ってしまった。
そりゃあ淋しく凍えて風邪だってひいてしまうよ。
「そうか、シロにはご飯をあげてきたけど連れてくればよかったね。あとでいってこようか」
「本当に?」
「どうせ今夜はここに泊まるつもりだから」
「え、嬉しい!」
「病人をひとりでおいてはおけないよ」
かずとが包丁で食材を切りながら、俺を甘やかす言葉をくれる。
「でもシロに俺の風邪うつったりしない?」
「人間の風邪は猫にうつらないよ」
「そっか、じゃあ安心だ」
かずととシロと、今夜は三人で過ごせるのか。
……風邪をひいて明日の料理教室も卒論の進行も週末の予定も全部狂いそうで悔やんでいたけど、悪いことだけじゃなかったな。
とんとんとん、と包丁が鳴らす音や鍋の料理が煮立つ音が心にやわらかく響いて癒やしてくれる。
こうしてかずとがキッチンに立って聞かせてくれる音は、自分が鳴らすのと全然違って感じられるのも不思議だ。
うとうとして、瞼が重たくなってきたから目をとじて耳を澄ませた。
かずとの手はすごい。
鳴らす音でさえ、かずとのかずとらしい、誠実で温和な愛情を内包して響かせる。
ぼんやりと懐かしい映像が瞼の裏にひろがってきた。
かずとの家のソファで目覚めて、初めて見た料理をする背中。
体調を崩しても、誰かに看病をしてもらった記憶なんかなかった。
いじめられていたときも継父さんたちに気づかれないように耐えてやりすごしていた。
初めて俺を助けてくれたのがかずとで、手料理を食べさせてくれたのもかずとだった。
また風邪をひいたり、これから先一緒にいて具合が悪くなったりしても、このひとには頼っていいんだ。
今日みたいに『風邪ひいて体調を崩しちゃった』とメッセージを送って甘えてもいい。
俺はもう、ひとりで我慢しなくてもいい。
自分を想ってくれるひとがいるって、こういうことなんだな……。
「……な~」
あれ、シロの声……? と、朦朧とした意識の狭間で考えてすぐ、はたと覚醒した。
瞼をひらいてまばたきながら確認すると、目の前に白くてふわふわした……シロがいる。
「な~」
自分の顔を覗きこんで不思議そうな表情をしているどアップのシロにピントをあわせていたら、「こらシロ」とかずとの声も続いた。
「かずと、」
起きあがると、小さなこたつの左斜め横にかずとが座って文庫本を読んでいた。
テーブルには箸や器のセットだけ並んでいる。
「シロに起こされちゃったね」
「や、ううん。料理してくれてたのに寝ちゃってごめんね……何時間ぐらい経ってるの、シロまで連れてきてくれてる」
「いまの歩和は寝て休むのが仕事だよ。なにかお腹に入れたくなったら言って、食事の用意をするから」
「あ……うん、大丈夫、いま食べられる」
「そう? じゃあ持ってこようか。すこし待ってて」
本を置いたかずとが立ちあがってキッチンへいく。
かずとは俺の家に置いている部屋着姿になっていた。ヘンリーネックの白い長袖シャツに紺色のパンツと、灰色のカーディガン。
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