シロを膝の上に抱いて、寝起きのぼんやりした意識のままかずとを眺めていると、格好よすぎて余計、夢見心地にぼうっとしてしまう。
へらへら蕩けている俺にかまわず、かずとはテーブルに小鍋と豆腐サラダとお茶を用意していく。
「どうぞ」
隣に戻ってきたかずとにうながされて、「ありがとう~……」と感激しながら小鍋の蓋をあけたら――さっき眠る前に見た懐かしい記憶と、目の前の料理が重なって一瞬混乱した。
「……これ」
「また作るって約束していたのに、なかなか機会がなかったね」
梅干しがひとつのった、あの日食べさせてもらったのとおなじシンプルなお粥。
今夜は小ネギも細かく切って添えてあってちょっと豪華になっていた。
でも俺の人生と心をもっとも癒やして救ってくれた、舌と胸に深く刻まれている、あの大事な大好きなお粥だ。
「嬉しい……風邪ひいてよかった」
思いがけず左目からほろと涙がこぼれた。
「泣くほど?」
かずとも驚いて困惑するから、笑ってしまう。
「うん、なんか嬉しすぎて泣けてきちゃった」
「風邪をひいて弱ってるから涙脆いんだね」
「関係ないよ、本心から素直に感激したんだよ。かずとのお粥は俺にとって本当に大事な料理なの」
洟と涙をティッシュで拭って、照れ笑いしながら感動していたら、かずとが苦笑しつつ器に盛って俺の前に置いてくれた。
自分のぶんもよそって、手もとに置く。
「いただきます」と声を揃えてから、一緒にレンゲで掬って口に入れた。
「あー……味も懐かしい。かずとの塩加減、すごく美味しい」
「塩加減なんて意識したことないな」
「レトルトと全然違うんだよ。今日は俺が炊いたお米だからあの日食べさせてもらったのとはまたすこし違うけど、かずとのお粥は白米もしっかり歯ごたえがあって、お湯も多めでさらさらで、ほんのり塩っぱい。はちみつ梅干しもあわせてすごく優しくて美味しいお粥なんだ」
レンゲの端に口先をつけて、白米の存在を一粒ずつ唇で感じながら丁寧にすすって口内に招いた。
噛むとほろりと溶けるやわらかい白米と塩っぱい汁が、舌を撫でるみたいに温かく沁みていく。
はちみつ梅干しを半分だけ削いでほぐして、ひとくちぶんの白米と混ぜあわせて食べると、今度は甘酸っぱい梅干しの味も加わって最高に美味しい。
「はあ……幸せ」
喉の痛みも気にならないどころか、このお粥で撫で続けていたら治っちゃうんじゃないかとすら思う。
「かずとのお粥はお薬だね。病院でもらったのより全然効く」
あふれてとまらない幸福感が頬をだらしなくゆるませる。
かずとは手をとめて、愛おしげな瞳でしずかに俺を見つめている。
このひとはしょっちゅうこうやって時間をとめるから、俺はだんだん照れくさくなってきてふにゃふにゃ笑うしかできなくなる。
「キスがしたい」
で、これだ。
「またそれっ。もう~……なんで? びっくりしてどきどきするよ」
「気持ちを吐きだして和らげてるんだよ」
「結局和らがないんでしょ?」
「そうだけど」
熱はないのに顔が熱くなっているのがわかる。
器を両手で持って、顔を隠すみたいにしてお粥をすすった。
でもかずとはまだ俺を見ている。
「……いまでは歩和のほうが料理も巧いし、これはお粥のなかでも簡単すぎる料理だよ。それでもこんなに喜んでくれるのは想い出の一品だからかと思うと、こみあげるものがある。……という理由です」
丁寧に説明をくれたかずとが、喉の奥で苦笑した。
今度は俺も想いが迫りあがってきて、顔面全部にキス攻撃してやりたくなった。
「……うん、大事な一生の宝物の想い出。辛いこともあったけど、俺の人生にかずとがいてくれるようになってから俺ずっと幸せだよ」
かずとがレンゲを離して、右手の指の裏で俺の左頬をするする撫でた。親指で、左目の端にあった涙も拭ってくれる。
「この梅干しはばあちゃんが最後に漬けたものなんだよ。まだ施設へいく前。じいちゃんとばあちゃんの家もあって、漬けるとき俺も手伝った」
「え、そうだったんだ」
かずとの家で料理を始めてから、キッチンの下の棚にこのはちみつ梅干しがいっぱいに入った大きな瓶の存在を教えてもらった。
『好きにつかっていいよ』と言われたから、かずとのお弁当にもたまに入れさせてもらっていたけど、お祖母ちゃんたちの家があったころっていうと、四年以上経っている。
「かずととお祖母ちゃんの想い出の梅干しでもあるんだね。しかももうお祖母ちゃんはつくれないかもしれない……。俺、ばんばん料理につかってたよ、よかったのかな」
「かまわない。そもそもあのとき歩和にこのお粥を作った時点でね……」
「え?」
言葉を切ってしみじみ俺を見つめながら、左手で口をさすってかずとが笑う。
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