「わからない? 前も言ったでしょ、出会ったときから衝撃的で心を動かされていたって」
「えっ、けど好きになってくれたのはメッセージ交換を始めてからだよね?」
「どうかな」
「えぇっ」
「濡れた服を着替えさせて、汚れた顔と身体を拭いて、毛布にくるんで暖めて、寝てるのに悔しそうな顔をしてこぼしている涙を眺め続けて……卑しいかもしれないけど、惹かれていなかったら俺はあそこまで他人と関わらなかったよ。はちみつ梅干しのお粥も、歩和に食べさせてあげたいと思ったから作った」
ぐあっ、と悶えてうしろのベッドに倒れてもたれた。
「初対面から、わりとしっかり、恋心を、持ってくれてたんだっ……」
かずとが「はは」と笑っている。
「俺は聖人君子じゃないから」
くすくす笑っているかずとを見返して、改めて喜びと至福感を受けとめた。
いろんな夢を見ないように自制して生きてきたかずとが本当は恋をすることも渇望していて、その先にほかの誰でもない、自分がいたのだとしたらこんなに幸せなことはない。
嬉しいな……。
つきあって一年以上経ってもまだ初めて知る過去の感情があるなんて、かずとはびっくり箱みたいだ。
幸せなことばかりくれるびっくり箱。
「かずとに選んでもらえたことが幸せだよ。人生でいちばんの幸せで奇跡」
照れて笑いかけてから、きちんと姿勢を正して食事を再開した。
美味しいはちみつ梅干しのお粥と、かずとと、膝の上でじっとおとなしくしているシロ。
ここ最近、休憩する暇もないぐらいスケジュールを詰めこんで走りまわっていたから、今夜三人で過ごせたのは予想外のご褒美になった。
かずととお店を経営して、一緒に生きる未来にむかって頑張れている事実が人生最大のご褒美だから、さらにご褒美をもらうなんてほんと贅沢な話なんだけど。
「歩和の豆腐サラダもとっても美味しいね。こんなに美味しくてちゃんと栄養のあるものを食べてくれているのも安心する」
「ん~……でも風邪ひいちゃったら意味ないね」
「いや。たしかに健康でいてほしいけど、歩和に会いたかったから俺はちょっと喜んでしまってもいるよ」
申しわけなさそうに、かずとが唇で微笑む。
……ああ。
やっぱりかずともおなじことを想ってくれている。
「駄目ったら、かずとは下!」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないっ」
こたつの横に毛布で寝床を用意したのに、かずとはしれっと俺がいるベッドへ入ってこようとする。
「風邪がうつるでしょっ」
叱って肩を掴んで押しだそうとするのに、おかしそうに笑いながら俺の手をよけて強引に入ってくる。
布団のなかへ脚まで入れて横になると、まだ抵抗する俺の腕ごと抱き竦めて拘束してきた。
「ああもう、俺のせいでかずとまで体調崩したら困るよっ」
胸を軽く叩いて見あげても動じない。
まだ楽しそうにくすくす笑っているかずとも、俺を見おろしてくる。
「前から考えていたことがあって」
「……え?」
「たまに青春ものの漫画とか読んでいると、風邪をひくのって定番イベントでさ。『キスをしたら風邪がうつるよ』って言い争うの、歩和も見たことない?」
かずとが少年みたいな無邪気な眼差しで変なことを言いだした。
「……見たことなくもないけど」
「でしょう? あれが本当なのか試してみたかった」
「えぇっ、嫌だってばっ」
「拒絶されると傷つくな」
「風邪が本当にうつったら嫌だって言ってるの!」
「ここでお約束のセリフもあってね、」
笑っていたかずとが咳払いをして喉を整え、急に真剣な表情になる。
「――歩和の風邪ならいいよ、俺にうつしなよ」
……かずとの瞳が甘く揺らいで、しずかに微笑んでいる。
その瞳のなかの光と、小さく動く睫毛を見つめて、しばらくふたりで沈黙した。
そのうち、とうとう我慢できずに先にかずとが「ぷっ」と吹きだして、俺も耐えきれずに「ぶっ」と笑って吹いて、ふたりでいっせいに大笑いになった。
「あはははははは」
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