望月は襖を開け、声をかけた。
「――柊杞様」
よほど驚いたのだろう。いったい何事かと、柊杞は跳ね起きた。そして瞳を見開いて、こちらを見ると、わなわなと震える。
「もっ、望月っ? お前がなんでここにいるっ?」
「お静かに、願います」
戦慄く柊杞を宥め、望月は自慢の甘いマスクで微笑んだ。
「柊杞様と、お話がしたくて来ちゃいました」
美しい竹を描いた寝間着の浴衣に身を包む柊杞は、キョトンとした顔で望月を見つめた。
「私と…話を?」
四日間滞在しているうちに、すっかり柊杞は望月に心を許してくれているようで、こんなふうに突然現れても佐吉を呼ぶことはしなかった。
だが、嬉しそうというよりは、すぐに暗く表情を曇らせた。
「…そうしたいのは、やまやまだが……私は…今、とても具合が悪いのだ」
それで寝苦しかったのか、着崩れた浴衣の胸元が開いていて、白く滑らかな胸元が覗ける。
望月は思わずゴクリと唾を呑み込んだ。
これは、病人特有のしどけない色気というものだろうか。
男相手にそんなものを感じるとは、もはや本格的に欲求不満なのかもしれない。
滝壼でのなまめかしい湯帷子の姿まで思い出すと、一気に下半身の血流が増すのを感じた。
(やばいっ、とにかくまずは取材のネタを拾わねーと)
自分をごまかすように望月は切り出した。
「いったいお身体の、どこがお悪いんですか?」
「……」
望月の問いかけに、柊杞はただ俯いてしまった。いつもはっきりとした態度を好み、何事も堂々と告げてくるのに、今回ばかりは珍しく曖昧な態度のまま言いたがらない。
(こりゃ、絶対何か重大なコトを隠してるな)
記者としての勘でそう確信した。
「何かあるのでしたら、相談にのりますけど?」
女をクドく時のように丁寧に、心の底から親身になった振りをする。タラシとして、こういうのは得意だった。
柊杞の白い手に、優しく労るように自分の手をそっと重ねると、ビクッと驚いて柊杞は手を引くが、やがて小さな声が聞こえた。
「……気分がすぐれない時は、神通力が消えてしまう」
(じっ、神通力ぃ?)
顔を上げないまま告げられたそれに、望月は思わず噴き出しそうになったが、ここで笑ってはせっかく得た信頼を失ってしまう。
柊杞は本当に真剣かつ深刻そのものなのだ。
「ここのところ、たびたびそんな状態になってしまい、もしやこのまま神として力が失われてしまうのかもしれないと思うと、私はどうしていいかわからない…。こんなことは、迂闊には言えないだろう。この私が、神としての資格を失いそうなのだ」
どんな神通力かは知らないし、訊いたところでどうせ本人の思い込みだろう。自分を神様だと思い込んでいる人間には、もはやなんでもアリな気がしてくる。
とりあえず、落ち込んでいる柊杞を望月は宥めた。
「でも、体調がよくなればその力は戻るんですよね? だったらきっと大丈夫ですよ」
「滝に打たれたり、気晴らしをすればよくなるのだが…」
それでよくなる病気とは、ますます不可解だ。
「それで、いったいどんな症状なんです?」
尋ねてみると、
「…それは、言う必要はない」
柊杞は口を閉ざした。
神通力を失いそうだと、柊杞にとっては己の根底を揺るがすように深刻な悩みを告げてきたのに、肝心な病気の具体的な症状は言いたくないらしい。
だが、望月は布団の中の柊杞の脚がモジモジと動いたのを見逃さなかった。
(もしかして――!)
望月はたかが四日間暮らしただけで、ここでのストイックな生活に身体が欲求不満になってきていた。
柊杞はまだ二十一歳という若さだ。まさに犯りたい盛りの年頃の肉体が、こんな暮らしに満足しているわけがない。
少しからかい半分で、望月は訊いてみた。
「柊杞様は、女性を抱いた経験はありますか?」
「なっ、ななっ、何を言うっ」
柊杞は全身を震わせ、一気に耳まで真っ赤になる。こんなにもあからさまに動揺するとは、どうやらまったくないようだ。
(この年でまだ童貞クンかよ。神様ってーのは、ほんと哀れだよな)
昔なら、そういう役どころの専門の女官などがいたのかもしれないが、現代ではまずありえないことだ。
いっそ結婚するにしても、今時の若い女性が望んでこのド田舎の島に嫁に来てくれるとは到底思えなかった。まして相手は神様だ。仕来りもうるさそうだ。
ならば、肉体的欲求のみを慰めてくれるような商売の女性を招けばいいのだろうが、あのお堅い年寄りたちがそんな気を利かせてくれるはずもない。
可哀想な神様は、性欲を持て余し、しかし発散することもままならず、体調を崩すほど追いつめられてしまったのだろう。
望月は柊杞の初心な反応を目の当たりにして、抑えていた雄の本能が完全に目覚めた。
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