「Heaven's Rain 天国の雨 Limited Edition」著:朝丘 戻/ill:yoco

あらすじ

書誌情報
「Heaven's Rain 天国の雨 Limited Edition」
著:朝丘 戻/ill:yoco [価格:本体1,800円+税]
ISBNコード:978-4-86134-786-3/判型・仕様:四六判ソフトカバー

人物紹介

試し読み

「死神でもないよ」
「じゃあなに? なんで柏木さんには見えてないのに、俺と話したりできるんだよっ!」
 リンの感情が昂ぶるのを懸念して、優しい挙措を意識してベッド横の椅子へ移動し、腰をおろした。怖がらせたくないのにそうするための策が見いだせなくて苦慮し、言葉を選ぶ。
「なんというか……俺のことはリンの世界で言う、天使みたいなものだと思ってくれると嬉しい」
「てんし!? はあ!? 髭面の天使!?」
「外見はともかく、死ぬ人間をむかえにくる者でも命を狩る者でもない。俺たちは人間の魂を見守っている」
「見守るって……なにそれ、なんのために?」
 リンが動揺して口もとをひきつらせ、白いかけ布団を握り締めている。恐れと緊張が伝わってきて俺の声も無意識に低く、なだめるような柔さを帯びた。
「……リンはいいことと悪いことが交互に起きていると思ったことはないか」
「あ、……ある」
 思いあたったような顔をした。
「それは俺がリンに与えていた」
「与える?」
「光に影ができるように、幸福も不幸がなければ有り得ない。辛いことがあれば温もりで癒やして、喜ばしいことがあれば次は新たな試練を課す。それが俺たちの役目だ」
「そんな。全部偶然でしょ?」
「偶然の出来事を起こす手伝いをしてるんだよ」
「どうやって?」
「言霊って表現が伝わりやすいかな。人間に俺たちの声は聞こえないけど、頼むとそのとおりに動いてくれる」
「やってみてよ」
「もう夜遅い。リンに俺の姿が見えるようになってしまった以上、明日以降必ず目でたしかめることになるだろうから今夜は我慢してほしい」
 リンが口を曲げて言葉につまる。
「……なんで俺、あなたが見えるようになったの」
 今度は俺のほうが返答に窮したが、諦めてこたえた。
「リンのお祖父さんじゃないが、死を前にした人間には稀に見えてしまうと聞いたことがある」
 リンが表情を失って停止する。得体の知れない存在に死期を知らされるリンの心の衝撃と絶望と、哀哭が聞こえた。
「そろそろ寝たほうがいい」
 茫然としているリンをまた布団に寝かせ、横に転がっていたムーさんを寄りそわせた。
 リンは黙っている。黙ったまま、ムーさんの腹に顔を押しつけてすこし泣いたあと眠りについた。


「わあ」
 という一言から、リンの一日が始まった。
 上半身を起こして俺を見つけ、「……まだいる」と洩らす。
「夢じゃなかった」
 それ以上動揺させないために俺は椅子に腰かけたまま動くのを躊躇い、適した返答を探した。
「おはよう」
「お……はよう、ございます」
 こたえてくれたが、布団のなかに戻ってかけ布団で肩まで覆ってしまった。顔だけだしてこちらをうかがい、警戒している。
「昨夜からリンを怯えさせているぶん、喜びを与えてあげないといけない。なにか希望はあるかな」
「長生きしたい。恋愛もしたい」
 即答だった。
「寿命の延長や恋愛の成就には関与できない。俺は願いを叶える神さまじゃない。未来を切り拓くのはあくまでリンの努力や意志だよ」
「……なんだ」
 やっぱりそんなにうまくいかないよな——と、気落ちした心の声が伝わってきた。
「なら世界一周旅行がしたい」
「その身体で遠出するのはリスクが高すぎる。それに実現するための資金集めからなにから総合すると、幸福の度合いのほうが大きくなってしまってバランスが狂う」
「国内旅行も駄目?」
「駄目だね」
「……俺結構傷ついてるのに」
「そんな甘えた拗ね方ができる程度なら、公園を散歩するぐらいでちょうどいいと思う」
 ムーさんを投げられてよけたら、床に落ちたぬいぐるみを見てリンは「あーっ、ひっでえな!」と慌てて拾いあげた。
「申し訳ない。ものを触ることもできなくはないけど、俺が受けとったらちょっとしたポルターガイストになる」
「ふたりでいるときはいいだろっ。……ていうか、俺は天使とかまだ信じてないから。ちゃんと見えてるし、会話の応酬もはっきりできるし」
「無理もない。でも真実からは逃れられない。いずれ信じる日がくるよ」
 苛だちと困惑とを瞳ににじませて、リンが俺を見据える。そのうち降参したように肩を落としてムーさんについた埃を払いながら、
「……じゃあ屋上にいきたい」
 とこぼした。
「屋上は鍵があいてない」
「だから頼んでるんだよ。そういう偶然は起こせないの?」
「……起こせなくもないよ」
 窓の外には夏の気配の色濃い青い空がひろがっている。
 その後、リンが朝食と朝の検診に時間をさいているあいだに、俺はナースステーションへ入った。
 屋上は看護師が日中洗濯物を干すために出入りしているので、鍵も彼女たちが管理している。天気のいい今日みたいな日は量も多そうだ。看護師の会話を聞いて本日の担当を探りあて、背後に立って「鍵をしめ忘れてくれないか」と頼んだ。
 彼女はてきぱき洗濯をこなして屋上へいき、真っ白いシーツやタオルを竿に干していくと鼻歌をうたいながら鍵をしめずに帰っていった。これで一応、日が傾き始めるころまで侵入可能になった。
 リンの病室へ戻ったら、ベッドに座っていたリンをまた「わあっ」と驚かせてしまった。
「いつの間に入ってきたんだよっ」
「すまない。ドアや壁は俺には妨げにならない。慣れてほしい」
「無理、ノックするか声かけるかしろ!」
「ノックしたら霊障になる。声をかけてリンが応えるのを誰かに見られたらリンが不審がられる」
「……ほんとに、人間じゃないの」
「ずっとそう言ってるだろう」
 屋上はあいてるよ、と続けて告げた。身がまえて黙考したリンは「……じゃあいく」とこたえる。
 廊下にでて階段をあがり、看護師の監視からリンを守って誘導しつつ屋上へ移動した。ドアノブをまわして開錠しているのを知ったリンは、「……あいた」と呟いて俺を見た。喜びよりも戦きのほうが強い表情だった。やっぱり人間じゃない、と念を押すように確認している。
「急いで」
 俺が背中を押すと、俯くようにうなずいて外へでた。
 わずかに暑気を含んだ柔らかい風が、何枚もの真っ白いシーツとタオルをはためかせている。頭上には青々とした爽やかな空と、綿菓子のように厚い雲。外出をひかえるよう言いつけられているリンにとってひさびさの景色と空気だった。
「気持ちいいー……」
 リンが両腕をひろげて太陽光を抱くように背のびする。
 看護師がきてしまうのを懸念してふたりで出入口の裏手へいくと、リンは鉄柵の前に立って地上を見おろした。
「人が米粒みたいだね」
「ああ」
「隣の公園ってあんなふうになってたんだ。思ったより規模がでかいし、木が生い茂って綺麗」
「そうだね」
「無関心そうだな」
 唇をつきだして睨まれた。だが俺にとっては見慣れた光景だ。
「数週間ぶりに外へでられて、リンが喜んでいるならそれでいい」
 リンに幸福を与えるためにここへきたのだ。リンが満たされているかどうかのほうが重要だった。
「……喜んでるよ」
 尖らせた口でリンは不服そうにこたえて目を伏せる。憤懣というよりは照れと、なんで数週間ぶりなんて知ってるんだよ、という歯痒さらしい。俺もリンの隣に近づいた。
「ねえ、天使なのにどうして人間とおなじ外見してるの」
「昔人間だったからだと思う」
「人間がどうやって天使になるのさ」
「人間の幸不幸を学ぶ必要のある者が天使に選ばれる。ほとんどは生きているときに殺人を犯したり自殺をしたりした者だ。俺は人を殺したから選ばれた」
「殺人? 選ばれるほどってことは大量殺人かよ」
「いや、ひとりだけだった。俺が殺したのは恋人だよ」
「……その記憶はあるんだ」
「ある。ただし天使の務めを遂行するなかで再び暴挙にでないよう感情の起伏は穏やかにつくりかえられているから、映画を観ているぐらい他人事に感じる。そのころの激情に呑まれることもない。ただ重苦しい自責の念だけがある。天使として必要な感情なんだと思う」
「恋人を殺した罪の意識が、天使に必要……?」
「正確に言うなら心中だった。相手と合意のうえで海に身を投げた。でも俺は〝殺した〟と思っている。そうとしか考えられない」
「ふうん……」

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書店員様の声

今回、前半200ページ弱を先行して書店員様に読んでいただきました。
そこで、感想の一部をご紹介致します!!

感想をお送りいただきました書店員の皆様、ありがとうございました。

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朝丘戻先生スペシャルインタビュー

新作「Heaven’s Rain 天国の雨」は朝丘先生の初の四六判小説であり、448Pという大ボリュームの1冊になりました!
そんな特別な1冊の発売を記念して、作品のこと、朝丘先生のことをたくさん伺いました!

●作品について

———本作のテーマ、内容を簡単にお教えください。

自分が小説をとおして訴え続けている、自身の幸福観がテーマの柱です。

それを再び新たに鮮やかに掘りさげるために、
今回は現代ファンタジーという世界で、羽根のないおじさん天使と、病弱な少年の出会いを描きました。

———この作品を描こうと思ったきっかけはなんですか?

降りてきた、としか言いようがないです。五年前のことです。
きっかけは作品によって違いますが、今作は最初におじさん天使である暁天と、彼と恋するリンの姿が見えてきたので、そこから物語をかためていきました。

———執筆期間はどのくらいでしたか?

約半年と一ヶ月です。

———凜、暁天の名前の由来などはありますか?

由来はありません。 名前はいつも、ぱっと浮かんだものを故意に与えています。
逆に、ぱっとでないときは「この人はいま生まれる運命じゃないんだな」と思っていったん放置したりするんです。

ただし名前にあてた漢字には、全員理由があります。
作品を読んでくださったかたに、彼らの人格などから感じとっていただけたらとても嬉しく思います。

———凜、暁天のイメージモデルがいましたら教えてください。

絵をお願いする際にyoco先生に伝えた髪型、髭、なんかのモデルはいます。
齟齬がないようにしたかったからで、それ以上でも以下でもありません。
が、内緒にさせてください……わたしは思い出すたんびに笑ってしまいます。
yoco先生はどう感じられたんだろう。
ファンというわけでは、なかったんです、格好いいとは思ってるけど……。

———最初に生まれた人物は?

上記でさきにご紹介させていただいてしまいましたが、暁天とリンのふたりです。

———先生が一番描きたかったシーンはどこですか?

すべてです。

———書いていて楽しかった、また辛かったシーンなどはありますか?

すべて楽しくて、すべて胸が苦しかったです。

———初めての四六判・小冊子付き限定版ということで、一番ここをこだわった! という点があったら教えてください。

すべてにおいて細部まで手を抜かないこと、をいつも以上に心がけました。

作品は、出版社、担当、挿絵担当の絵描きさん、読者様への贈りものだと思っています。
内部にはどんなに迷惑をかけてもかまわない、素晴らしい一冊にしてそれで責任をとるから、とにかく読者様に胸を張って贈れるものをつくる、と考えてつねにむきあっています。
今回も自分の作家力のなさと、そのうえでの四六判を出版するという責任の重さを自覚していたぶん、物語、絵、キャッチ、装丁、帯、販売方法、なにもかもすべて真剣にとりくみ、ご尽力くださる方々とともに丹精こめてつくってきました。
一番、なんてありません。
すべてにおいて全員の心と努力がつみ重なって生まれた、こだわりの一冊です。

●朝丘先生について

———朝丘先生が小説家になろうと思ったきっかけはありますか?

ある作家の作品に出会ったのがきっかけです。

昔「やおい」を激しく嫌悪していたころ、親友が「わたしハマったかも……」と告白してくれて、「これはいけない。親友の気持ちを理解しなければ」と手にとった本がその小説でした。
それまでわたしも絵を描いていましたが、その小説に出会ったとき「自分の書いている絵に意志があるのか?」と思い至って絶望しました。
空っぽだったんです。本当は限界も感じていました。絵には劣等感も向上心も芽生えなかったから。

それでその想いを若気の至りで作家さんへ手紙にしたためて送ったら、わたしの「意志を持って、他人に伝えるためのものを書きたいと思った」という言葉に、「あなたがデビューしてくるのを待っていますよ」というお返事を頂戴してしまいました。
「えっ、デビューなんてだいそれたことは考えてなかったのに……」と動揺しましたが、次の瞬間にはワープロを抱えて部屋へ駆けこんでいました。

その後デビューしたあとは作家さんに直接ご報告にもいきました。
いまでもわたしにとってその方以上の作家はいませんし、支えであり原点です。
一生超えられない、超えるつもりもない師。
自分の人生に対して運命なんて大仰なものをあげるとしたら、これが唯一の、その奇跡です。

———執筆中にしていること、たとえば聴いている音楽など、欠かさないことなどございますか?

ある物を身につけて、それをつけているあいだは作品の彼らに恥じる行為は絶対にしない、と誓っています。
飲酒とか、エッチな本を読むとか、そういう欲望の一切を禁止するんです。

音楽は作品イメージにあわせた一曲を延々とリピートし続けます。
だいたいしっとりした曲なので、たまに頭が破裂しそうになります。

だから執筆が落ちついたらエッチな本を読んでがちゃがちゃした曲を存分に聴きます。けど、またすぐ我慢できずに書き始める、というループです。
余談ですが、雑誌ダリアさんで連載が始まる西野先生原作の漫画がすげえ楽しみなので、エロ解放期間にまとめ読みしよう、と計画しています。

———執筆中に筆が止まってしまった時は何をしてリフレッシュしていますか?

とまるというか、次に彼らがどういう行動をするのか、なにを言うのか、見えなくなるときがあります。
そうすると散歩します。 公園を抜けてコンビニへいって、木々や鳥や子どもを眺めていると脳内の視野もひろがっていき、作品の人物たちが自然と動きだします。

———先生の一番の癒しとは何ですか?

小説を書くことです。

———先生の宝物を教えてください。

挿絵をお願いした絵描きさんの絵たち。
読者様から頂戴した手紙やプレゼントたち。
小説を書き始めてデビューもしていなかったころ、初めて手紙をくださったかたからもらった木彫りの天使。

担当や友だちや読者様がくれた言葉も、と言おうと思いましたが、宝物というよりは、わたしを学ばせて導いてくれる光でした。

———先生の作品には、魅力的な女性がよく登場されますが、女性を描くときのこだわりや先生ならではの決めごと等ありましたらお教えください。

「同性愛の辛さ」を描くことも信念としているのですが、それは男女それぞれがいてこそ成りたつものだと思っています。
なので、ボーイズラブの場合は女性も率先して真摯に描いていきたいと考えています。
個々の性格や外見にこだわりはあれど、むしろ純粋に好きな想いでしか描いていません。 女の子も大好きです。

そういった信念があることから、挿絵をお願いする絵描きさんに対しても「女性も楽しく描いている人」というのをひそかに条件にさせていただいています。
ツイッタなど拝見して「女の子のおっぱーい」とかおっしゃっていると、よしお願いしよう、と意気ごむんです。

———今までの作品の中で担当編集との打ち合わせで一番印象に残った出来事はありますか?

どんなことも日々の端々でよく思い返します。

大事にしているのは、一作目の『君に降る白』のあと「編集者になる前から朝丘さんのこと知ってたよ」と聞かせていただいたのを機に、おたがいいろいろ披瀝した日のことです。
どうやってわたしの担当になったのか教えてくれましたし、わたしもなにに悩み、なにを目指しているのか、すべて話しました。
それはいまもおなじで、パートナーとして自分の葛藤は包み隠さず話すようにしていますし、「朝丘さんなんなのもう…」とあしらってくれる人柄に救われてもいます。
ドライかと思いきや、『あめの帰るところ』の修正をしていたとき、わたしが『携帯電話で一番星の写真を撮ったよ』と書いた部分に対し、「月にしましょう。だってわたしも携帯電話で星を撮ったことありますけど、撮れなかったから!」と指摘してくれた、乙女な人だったりもします。
ツイッタでも裏話をしましたが、Skypeで話ながらわたしが真剣に文章修正しているってのに、チャットで「\(^o^)/」とか送って邪魔してきて「暇なんだもん」とか可愛いことも言います。
担当になって一番最初に「わたし褒めませんから」と宣言してくれたところも好きです。手放しで持ちあげる人やお世辞言う人が担当だと、読者様に喜んでいただける本がつくれないので。
おたがい真剣すぎるので、本をつくっていると毎回必ず一度は険悪なムードになるんですけど、和解する都度、それまで以上に絆が深まっているのも感じます。

出会ってから七年のつきあいになります。 信頼している担当にも恩返しになる作品を贈り続けていきたいです。

———今回、タイトルにも「雨」という言葉が入っており、また朝丘先生自身も「雨」がお好きとのことですが、先生が「雨」をお好きな理由はなんでしょうか?

小説を書き始めたころから不思議とつきまとわれるようになりました。
昔はそんなことなかったのですが、いまは執筆に熱中していたり、重要な場面を書いていたりすると外に雨が降っています。
それに、曇り空のときに外出すると必ず降ります。
連れがいて降ってくると「やっぱりね」「わかってたけどね」とため息をつかれます。
会社員だったころ先輩に「あんたと一緒に帰ると降るからひとりで帰って」と拒絶されたのがいまでも忘れられないです。結局降ってげんなりさせました。
でも晴れすぎていると蒸発して倒れてしまうので、雨のしずけさとすずしさがやっぱり心地いいです。

———先生が作品を書くなかで、一番嬉しい瞬間とはどんなときですか?

登場人物たちが幸せなのも苦しいのも、恋する相手に出会えた証拠なのでそれぞれ全部嬉しいです。

ふたりの心が通じあう瞬間は心も震えて、初めてのキスとか、手繋ぎとか、セックスとか、触れあうときは涙がでるぐらい一緒に嬉しくなります。
セックスシーンも、その後のピロートークもお風呂も、いつまでもいつまでも書いていたくなります。
好きで好きで片想いで報われないあいだも、傷つくことのできる幸せを強く感じて満たされます。
たとえ一緒にいられなくなっても、相手の存在が刻まれたその後の人生は孤独じゃなく幸福に違いない、だからやっぱり嬉しいです。

———最後に読者の方にメッセージをお願いします。

これまで自身のことを「作家」「小説家」と言うときは、そこに到達していない自分への戒めのような気持ちがつねにありました。

書いてきた作品に後悔はありませんし、しません。そのときの精一杯だったと言い切れます。
ですが反省点は必ずあり、自分は未熟な成長途中のままで、作家、小説家と堂々と言うには力不足であると歯噛みしていたのです。
だから文章や物語づくりについて勉強しながら、どうしたら自分の伝えたいことが多くの読者様に伝えられるか、出版社にも絵描きさんにも読者様にも喜んでいただけるかと、作品を書くごとに懊悩し続けてきました。

考えすぎてがちがちになっていたその自分の心が晴れたのが『坂道のソラ』以降です。
あのころ、あ、この歩き方で間違ってなかったんだ、と思えました。
成長したくてどんなに悩んでも、その悩みの方向が間違っていたら意味がありません。でも「正解」の尻尾を掴むことができたのです。
しかしそれはわたしの力ではなく、yoco先生の魅力的な絵が読者様の心をこちらにむけてくださったのが大きなきっかけだったのだと自覚しています。
yoco先生がくれたものは、たしかな一筋の光明でした。

今回、四六判というお仕事を頂戴して『Heaven's Rain 天国の雨』のふたりが降りてきたとき、わたしのなかに再びyoco先生の絵で彼らが生き始めました。
ただでさえ責任重大なのに、『ソラ』を好いてくださった読者様にも『ソラ』と同等かそれ以上の感動をお贈りしなければならない、yoco先生の名前も汚すわけにはいかない、というプレッシャーも背負ったわけなのですが、それでいい、挑みたい、挑める、と思いました。

そうして完成した今作は確実にいままでのわたしではない、でもわたしらしさが満ちあふれた一歩です。
ようやく自分のことを作家で小説家だと、気後れなく言えるようになりました。

とはいえ一歩にすぎません。遅すぎる一歩です。
反省しつつ、今後も成長していくために努力し続けていきます。
なので、よろしければまず『Heaven's Rain 天国の雨』の彼らに会ってやってください。

死別の場面もありません、別れもありません、切なくて泣ける物語でもありません。
唯一の相手と永遠に結ばれる喜びに満たされて、熱い至福感で胸が千切れる、ごくごく単純な物語です。 これがわたしの幸福観です。

お贈りするために、魂を削って制作陣全員で細部までこだわり抜いて、大事につくりこんできました。
読者様の心にも触れることができましたら、こんなに幸せなことはありません。
どうぞよろしくお願いいたします。

yoco先生の人物ラフ公開

yoco先生による、人物ラフイラストです。

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