「Heaven's Rain 天国の雨 Limited Edition」著:朝丘 戻/ill:yoco

あらすじ

書誌情報
「Heaven's Rain 天国の雨 Limited Edition」
著:朝丘 戻/ill:yoco [価格:本体1,800円+税]
ISBNコード:978-4-86134-786-3/判型・仕様:四六判ソフトカバー

人物紹介

試し読み

   天国には雨が降らない




 夜にも晴れがある。
 三階の病室の窓の外には深い紺色の空に藍色の雲がただよい、呑みこまれそうなほど晴天の湿った夜がひろがっている。今夜は月の光も柔らかい。
 視線を室内に転じると、中央のベッドの上でリンがテレビを観ていた。闇のなかに煌々と輝く画面を眺める眼ざしは純粋で、真剣そのもの。場面がきりかわると光が眼球の表面の潤んだ輪郭をなぞり、黒い瞳の輝きも変化する。まばたきするたびに繊細な前髪が睫毛を邪魔した。パジャマ越しでも痩せて骨ばっているのがわかる肩先は、緊張したように尖っている。
 こうして週に一度の映画番組を観るのが、入院中のリンの楽しみだった。
「……おもしろいのか、リン」
 横に近づいて訊ねた。外国の映画で、端整な顔だちをした男女がもつれあってベッドへ倒れこみ、抱き締めあってキスをしている。異国の言葉で連ねられる愛の告白を聞きながら、リンは目を細めて拳を握り締める。
 映画が終わってエンドロールがながれ始めると、顔をしかめもせずに左目から涙をこぼした。両瞼を右手で覆って左手でサイドテーブルのティッシュを探るから、俺はそれとなく手もとに箱を寄せてやった。
 窓辺に戻ると月に雲がゆったりと重なるのが見えた。月光が透けるうすい雲。
 あと二週間だ。リンの死期が近づいている。


 翌日の午後、デイルームの長椅子に腰かけているとリンの母親がやってきた。自販機の前で、なに買おうかしら、と迷っているので、俺は「オレンジジュース」と呟く。
「うん、やっぱりこれよね」
 ボタンを押して落ちてきたジュース缶を満足げにとり、母親は足早にリンの病室へむかう。
 いまリンのところには友人が見舞いにきている。俺も母親についていって一緒に病室へ戻ったら、リンのベッドをかこんでいるふたりの男とひとりの女がふりむいた。
「こんにちは」「おひさしぶりです」「お邪魔してます」と、それぞれが会釈する。
 母親も嬉しそうに微笑み、
「いらっしゃい。わざわざきてくれてありがとうね」
 とリンの横へいった。テーブルにジュースをおいて顔色をうかがう。
「今日は調子よさそうじゃない。友だちがきてくれたから?」
 リンは唇をひき結んで小さくうなずいた。照れくさいときにするしぐさだ。
「恥ずかしがるなよ」
 すかさず、幼馴染みで高校の同級生でもある伊藤猛がリンの肩を叩く。
 ふたりが肘でつつきあっていると、
「これ、よろしかったらどうぞ。ぼくたちからのお見舞いです」
 と、もうひとりの男が果物の入ったバケットを母親にさしだした。彼はリンよりひとつ年上の大学生で、誠実で勤勉で潔癖な真人間、藤丘瑛人。リンの片想い相手でもある。
「あら、みんなありがとう。リンゴにオレンジにバナナに、凛の好きなものばかりだわ。この子ってばちっさいとき身体壊すたんびにオレンジジュース飲ませてたからか、いまだに具合悪いときはオレンジオレンジって言うのよ。元気になるって信じてるのよね」
 おかしいでしょ? と笑う母親を、リンが「母さんっ」と制する。友人や好きな男の前で母親に子ども扱いされるのが嫌いなのだ。
 猛がリンを「おまえ顔赤いぞ」とからかってみんなが笑うと、場がなごんだ。ふたりが「うるさい」「照れんなって」とじゃれるのをよそに、藤丘の隣にいた女性も花束をさしだす。
「おばさん、このお花も飾ってあげてください」
「まあ嬉しい、部屋が明るくなるわ。ちょうど飾ってたお花が枯れちゃったところだったのよ」
「あいてる花瓶があるなら、わたし生けてきますよ」
「本当? お見舞いにきてくれたのに申し訳ないけど……じゃあ、頼んじゃおうかしら」
「ええ」と上品に微笑んでこたえた彼女は、藤丘と同い年の五島朱美。髪の長い和風美人で、藤丘の恋人でもある。ふたりはつきあって一年半。
 彼女の美しさを花束がいっそうきわだたせている。寄りそうように立つふたりの容姿端麗さはまぶしいほどで、人間たちにとっては、華やかで高貴なベストカップル、らしい。
 リンの母親に花瓶を手渡された彼女が「じゃあいってきます」と軽く頭をさげると、長い髪が背中からながれてきて胸の前でわだかまった。ドアへむかう彼女の可憐な姿に全員が惹きつけられるなか、リンだけが藤丘の横顔を熱っぽく見つめている。
 切ないんだな、と同情しているとふいに、藤丘もふりむいてリンを見返し微笑んだ。藤丘の目にも後輩に対する親愛の範疇を超えた熱が灯っている。
 ふたりの視線の会話には母親も猛も気づかなかった。
「今日は暑いわね、夏はこれだからいやだわ」
 母親が切りだしてまた談笑が始まると、藤丘とリンの視線もほどけた。
 俺は五島のところへ移動し、花瓶に花を生けていく彼女の横に立つ。
「きみはとても美しいよ。今日は一段と綺麗で、みんなにもそう見えているんだと自信を持ってほしい。リンの病室へ戻ったら、女性的な魅力をふりまいてもらいたい」
 五島の笑顔が冴えて高揚していくのが見てとれた。手にまいていた輪ゴムで髪をきゅっと括る。
 花をすべて見栄えよく飾りつけた彼女が、花瓶を抱えて再び病室へ入ると、首尾よく全員の表情がさっき以上に輝いた。
「朱美さん、髪結わくともっと可愛いですね」
 いの一番に猛が褒める。
「わたしじゃなくて花を見てよ、どう?」
「花も綺麗だし朱美さんもすげえ美人です。いいなあ、女の人って感じで……。藤丘先輩羨ましい」
 あけっぴろげな感嘆に母親も「ほんと五島さんはお淑やかでお花も似合うわ」とのっかり、藤丘もまんざらじゃない表情で苦笑いする。
 リンも微笑んで相槌を打ち、みんなの賛辞に同意していたが、内心ではしずかに哀しんでいた。
 ——朱美さんはいいな、先輩の彼女になれて羨ましい。俺も女で健康な身体に産まれてれば……。
 そう心の声が聞こえる。
 同性愛者であること、長く生きられる身体ではないこと、それらはリンにとって辛く重たい現実だ。しかし同時に、永遠に背負うことを義務づけられた彼の大切な使命でもある。

 また夜がきた。
 リンはベッドに転がって薄汚れたクマのぬいぐるみとむかいあっている。茶色くてまんまるい顔のクマは幼いころに両親からプレゼントされたもので、ムーさんと名づけて入院時のおともにしている。高校生になったいまも手放せないのは、彼がいれば発作の苦しみが和らぐという経験上のジンクスを信じているせいだった。
 じっと見つめていたかと思うと、リンはムーさんのにっこり微笑む唇にくちづけた。縫いつけられたただの糸の線に、噛みつくようにもごもご口を押しあてて離す。
「キスがしたいのか」
 恋愛をしたい、とリンが切望しているのは知っている。死ぬ前に一度だけでいいから誰かと想いあい触れあってみたいと、リンはよく考える。
「……リン」
 届くでもない声をよるべなくこぼすと、しかしそのときリンが目をむいた。
「——え?」
 顔をあげて俺を見つけ、飛び起きる。
「あっ、あなた誰ですか、いつ入ってきたんですか!?」
 声音を荒げて焦りだした。
「病室間違えましたか? 面会でしたら時間すぎてますよ!?」
 どうやら俺の姿を視認しているらしい。
「……面会にきたわけじゃないし、迷いこんできたわけでもない」
「じゃあなにしてるんですか、ここは俺の部屋なんですけどっ……?」
 姿が見えるばかりか声も正確に聞こえているようだ。
 狼狽したリンがナースコールのボタンを連打すると、すぐに駆けつけてきた看護師の柏木里美が「凛君、どうしたの」と問うた。
「すみません、知らない人が病室にいて……!」
「知らない人?」
「この人っ、」
 リンが俺を指さして必死に説明すればするほど、柏木は痛々しげな表情になっていく。
「……凛君、誰もいないよ」
「えっ、い、いますよ!」
「落ちついて、眠くなるまでわたしが傍にいるから」
「ちゃんといます、いるじゃないですか! 髭生えた、黒いコートの!」
 あまり興奮して心臓に負担をかけるとリンは発作を起こす。俺が微動だにせず黙して身がまえているあいだにも、俺を凝視して震えだす。
「落ちついて凛君、ね」
「幽霊、幽霊だっ、」
「ばかなこと言わないの。ほら、こっちむいて。なにか楽しい話しよう」
 柏木はリンが闘病生活のストレスで幻覚を見て錯乱しているんだと解釈したようだった。リンもくっと苦悶の表情を浮かべて左胸を押さえると、彼女に支えられていま一度横たわった。
 リンの視界に入ったらまた動転させてしまう。ゆっくり退いて、病室の真上の屋上へでた。空に近づいたとたん夏の匂いを含んだ夜風と、隣の森林公園の木々がそよぐすずやかな音に包まれる。
 離れていてもリンの心の声を聞きとれるので、リンの思考の混乱が鎮まるのを待った。
 呼吸が整ってきたのは一時間ほど経過したころ。さてどうしたものか。迷うのは、リンにどう説明して理解してもらうか、その方法についてだ。逃亡という選択は許されていない。
 しかたなくそっとおりてリンの病室へ戻ると、柏木の姿は消えていたがリンはまだ起きていた。
 まっすぐ目があう。月明かりの入る薄暗がりの室内で、リンの目が鋭くきらめいている。今度は俺を現実のものとして認識する覚悟が覗いていた。怯えてはいるものの、もうとり乱しはしない。
「……幽霊か?」
 低い声で訊かれた。
「違うよ」
「じゃあ死神だな。祖父ちゃんが死ぬ前、よく〝知らない人が部屋にいる〟とか〝むかえがきた〟とか言ってたの思い出したよ。祖父ちゃんを連れてったのはあなただろ」
「違う。リンのお祖父さんに見えていたのは俺の仲間だろうが、俺じゃない」 
「死神はたくさんいるのか」

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書店員様の声

今回、前半200ページ弱を先行して書店員様に読んでいただきました。
そこで、感想の一部をご紹介致します!!

感想をお送りいただきました書店員の皆様、ありがとうございました。

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朝丘戻先生スペシャルインタビュー

新作「Heaven’s Rain 天国の雨」は朝丘先生の初の四六判小説であり、448Pという大ボリュームの1冊になりました!
そんな特別な1冊の発売を記念して、作品のこと、朝丘先生のことをたくさん伺いました!

●作品について

———本作のテーマ、内容を簡単にお教えください。

自分が小説をとおして訴え続けている、自身の幸福観がテーマの柱です。

それを再び新たに鮮やかに掘りさげるために、
今回は現代ファンタジーという世界で、羽根のないおじさん天使と、病弱な少年の出会いを描きました。

———この作品を描こうと思ったきっかけはなんですか?

降りてきた、としか言いようがないです。五年前のことです。
きっかけは作品によって違いますが、今作は最初におじさん天使である暁天と、彼と恋するリンの姿が見えてきたので、そこから物語をかためていきました。

———執筆期間はどのくらいでしたか?

約半年と一ヶ月です。

———凜、暁天の名前の由来などはありますか?

由来はありません。 名前はいつも、ぱっと浮かんだものを故意に与えています。
逆に、ぱっとでないときは「この人はいま生まれる運命じゃないんだな」と思っていったん放置したりするんです。

ただし名前にあてた漢字には、全員理由があります。
作品を読んでくださったかたに、彼らの人格などから感じとっていただけたらとても嬉しく思います。

———凜、暁天のイメージモデルがいましたら教えてください。

絵をお願いする際にyoco先生に伝えた髪型、髭、なんかのモデルはいます。
齟齬がないようにしたかったからで、それ以上でも以下でもありません。
が、内緒にさせてください……わたしは思い出すたんびに笑ってしまいます。
yoco先生はどう感じられたんだろう。
ファンというわけでは、なかったんです、格好いいとは思ってるけど……。

———最初に生まれた人物は?

上記でさきにご紹介させていただいてしまいましたが、暁天とリンのふたりです。

———先生が一番描きたかったシーンはどこですか?

すべてです。

———書いていて楽しかった、また辛かったシーンなどはありますか?

すべて楽しくて、すべて胸が苦しかったです。

———初めての四六判・小冊子付き限定版ということで、一番ここをこだわった! という点があったら教えてください。

すべてにおいて細部まで手を抜かないこと、をいつも以上に心がけました。

作品は、出版社、担当、挿絵担当の絵描きさん、読者様への贈りものだと思っています。
内部にはどんなに迷惑をかけてもかまわない、素晴らしい一冊にしてそれで責任をとるから、とにかく読者様に胸を張って贈れるものをつくる、と考えてつねにむきあっています。
今回も自分の作家力のなさと、そのうえでの四六判を出版するという責任の重さを自覚していたぶん、物語、絵、キャッチ、装丁、帯、販売方法、なにもかもすべて真剣にとりくみ、ご尽力くださる方々とともに丹精こめてつくってきました。
一番、なんてありません。
すべてにおいて全員の心と努力がつみ重なって生まれた、こだわりの一冊です。

●朝丘先生について

———朝丘先生が小説家になろうと思ったきっかけはありますか?

ある作家の作品に出会ったのがきっかけです。

昔「やおい」を激しく嫌悪していたころ、親友が「わたしハマったかも……」と告白してくれて、「これはいけない。親友の気持ちを理解しなければ」と手にとった本がその小説でした。
それまでわたしも絵を描いていましたが、その小説に出会ったとき「自分の書いている絵に意志があるのか?」と思い至って絶望しました。
空っぽだったんです。本当は限界も感じていました。絵には劣等感も向上心も芽生えなかったから。

それでその想いを若気の至りで作家さんへ手紙にしたためて送ったら、わたしの「意志を持って、他人に伝えるためのものを書きたいと思った」という言葉に、「あなたがデビューしてくるのを待っていますよ」というお返事を頂戴してしまいました。
「えっ、デビューなんてだいそれたことは考えてなかったのに……」と動揺しましたが、次の瞬間にはワープロを抱えて部屋へ駆けこんでいました。

その後デビューしたあとは作家さんに直接ご報告にもいきました。
いまでもわたしにとってその方以上の作家はいませんし、支えであり原点です。
一生超えられない、超えるつもりもない師。
自分の人生に対して運命なんて大仰なものをあげるとしたら、これが唯一の、その奇跡です。

———執筆中にしていること、たとえば聴いている音楽など、欠かさないことなどございますか?

ある物を身につけて、それをつけているあいだは作品の彼らに恥じる行為は絶対にしない、と誓っています。
飲酒とか、エッチな本を読むとか、そういう欲望の一切を禁止するんです。

音楽は作品イメージにあわせた一曲を延々とリピートし続けます。
だいたいしっとりした曲なので、たまに頭が破裂しそうになります。

だから執筆が落ちついたらエッチな本を読んでがちゃがちゃした曲を存分に聴きます。けど、またすぐ我慢できずに書き始める、というループです。
余談ですが、雑誌ダリアさんで連載が始まる西野先生原作の漫画がすげえ楽しみなので、エロ解放期間にまとめ読みしよう、と計画しています。

———執筆中に筆が止まってしまった時は何をしてリフレッシュしていますか?

とまるというか、次に彼らがどういう行動をするのか、なにを言うのか、見えなくなるときがあります。
そうすると散歩します。 公園を抜けてコンビニへいって、木々や鳥や子どもを眺めていると脳内の視野もひろがっていき、作品の人物たちが自然と動きだします。

———先生の一番の癒しとは何ですか?

小説を書くことです。

———先生の宝物を教えてください。

挿絵をお願いした絵描きさんの絵たち。
読者様から頂戴した手紙やプレゼントたち。
小説を書き始めてデビューもしていなかったころ、初めて手紙をくださったかたからもらった木彫りの天使。

担当や友だちや読者様がくれた言葉も、と言おうと思いましたが、宝物というよりは、わたしを学ばせて導いてくれる光でした。

———先生の作品には、魅力的な女性がよく登場されますが、女性を描くときのこだわりや先生ならではの決めごと等ありましたらお教えください。

「同性愛の辛さ」を描くことも信念としているのですが、それは男女それぞれがいてこそ成りたつものだと思っています。
なので、ボーイズラブの場合は女性も率先して真摯に描いていきたいと考えています。
個々の性格や外見にこだわりはあれど、むしろ純粋に好きな想いでしか描いていません。 女の子も大好きです。

そういった信念があることから、挿絵をお願いする絵描きさんに対しても「女性も楽しく描いている人」というのをひそかに条件にさせていただいています。
ツイッタなど拝見して「女の子のおっぱーい」とかおっしゃっていると、よしお願いしよう、と意気ごむんです。

———今までの作品の中で担当編集との打ち合わせで一番印象に残った出来事はありますか?

どんなことも日々の端々でよく思い返します。

大事にしているのは、一作目の『君に降る白』のあと「編集者になる前から朝丘さんのこと知ってたよ」と聞かせていただいたのを機に、おたがいいろいろ披瀝した日のことです。
どうやってわたしの担当になったのか教えてくれましたし、わたしもなにに悩み、なにを目指しているのか、すべて話しました。
それはいまもおなじで、パートナーとして自分の葛藤は包み隠さず話すようにしていますし、「朝丘さんなんなのもう…」とあしらってくれる人柄に救われてもいます。
ドライかと思いきや、『あめの帰るところ』の修正をしていたとき、わたしが『携帯電話で一番星の写真を撮ったよ』と書いた部分に対し、「月にしましょう。だってわたしも携帯電話で星を撮ったことありますけど、撮れなかったから!」と指摘してくれた、乙女な人だったりもします。
ツイッタでも裏話をしましたが、Skypeで話ながらわたしが真剣に文章修正しているってのに、チャットで「\(^o^)/」とか送って邪魔してきて「暇なんだもん」とか可愛いことも言います。
担当になって一番最初に「わたし褒めませんから」と宣言してくれたところも好きです。手放しで持ちあげる人やお世辞言う人が担当だと、読者様に喜んでいただける本がつくれないので。
おたがい真剣すぎるので、本をつくっていると毎回必ず一度は険悪なムードになるんですけど、和解する都度、それまで以上に絆が深まっているのも感じます。

出会ってから七年のつきあいになります。 信頼している担当にも恩返しになる作品を贈り続けていきたいです。

———今回、タイトルにも「雨」という言葉が入っており、また朝丘先生自身も「雨」がお好きとのことですが、先生が「雨」をお好きな理由はなんでしょうか?

小説を書き始めたころから不思議とつきまとわれるようになりました。
昔はそんなことなかったのですが、いまは執筆に熱中していたり、重要な場面を書いていたりすると外に雨が降っています。
それに、曇り空のときに外出すると必ず降ります。
連れがいて降ってくると「やっぱりね」「わかってたけどね」とため息をつかれます。
会社員だったころ先輩に「あんたと一緒に帰ると降るからひとりで帰って」と拒絶されたのがいまでも忘れられないです。結局降ってげんなりさせました。
でも晴れすぎていると蒸発して倒れてしまうので、雨のしずけさとすずしさがやっぱり心地いいです。

———先生が作品を書くなかで、一番嬉しい瞬間とはどんなときですか?

登場人物たちが幸せなのも苦しいのも、恋する相手に出会えた証拠なのでそれぞれ全部嬉しいです。

ふたりの心が通じあう瞬間は心も震えて、初めてのキスとか、手繋ぎとか、セックスとか、触れあうときは涙がでるぐらい一緒に嬉しくなります。
セックスシーンも、その後のピロートークもお風呂も、いつまでもいつまでも書いていたくなります。
好きで好きで片想いで報われないあいだも、傷つくことのできる幸せを強く感じて満たされます。
たとえ一緒にいられなくなっても、相手の存在が刻まれたその後の人生は孤独じゃなく幸福に違いない、だからやっぱり嬉しいです。

———最後に読者の方にメッセージをお願いします。

これまで自身のことを「作家」「小説家」と言うときは、そこに到達していない自分への戒めのような気持ちがつねにありました。

書いてきた作品に後悔はありませんし、しません。そのときの精一杯だったと言い切れます。
ですが反省点は必ずあり、自分は未熟な成長途中のままで、作家、小説家と堂々と言うには力不足であると歯噛みしていたのです。
だから文章や物語づくりについて勉強しながら、どうしたら自分の伝えたいことが多くの読者様に伝えられるか、出版社にも絵描きさんにも読者様にも喜んでいただけるかと、作品を書くごとに懊悩し続けてきました。

考えすぎてがちがちになっていたその自分の心が晴れたのが『坂道のソラ』以降です。
あのころ、あ、この歩き方で間違ってなかったんだ、と思えました。
成長したくてどんなに悩んでも、その悩みの方向が間違っていたら意味がありません。でも「正解」の尻尾を掴むことができたのです。
しかしそれはわたしの力ではなく、yoco先生の魅力的な絵が読者様の心をこちらにむけてくださったのが大きなきっかけだったのだと自覚しています。
yoco先生がくれたものは、たしかな一筋の光明でした。

今回、四六判というお仕事を頂戴して『Heaven's Rain 天国の雨』のふたりが降りてきたとき、わたしのなかに再びyoco先生の絵で彼らが生き始めました。
ただでさえ責任重大なのに、『ソラ』を好いてくださった読者様にも『ソラ』と同等かそれ以上の感動をお贈りしなければならない、yoco先生の名前も汚すわけにはいかない、というプレッシャーも背負ったわけなのですが、それでいい、挑みたい、挑める、と思いました。

そうして完成した今作は確実にいままでのわたしではない、でもわたしらしさが満ちあふれた一歩です。
ようやく自分のことを作家で小説家だと、気後れなく言えるようになりました。

とはいえ一歩にすぎません。遅すぎる一歩です。
反省しつつ、今後も成長していくために努力し続けていきます。
なので、よろしければまず『Heaven's Rain 天国の雨』の彼らに会ってやってください。

死別の場面もありません、別れもありません、切なくて泣ける物語でもありません。
唯一の相手と永遠に結ばれる喜びに満たされて、熱い至福感で胸が千切れる、ごくごく単純な物語です。 これがわたしの幸福観です。

お贈りするために、魂を削って制作陣全員で細部までこだわり抜いて、大事につくりこんできました。
読者様の心にも触れることができましたら、こんなに幸せなことはありません。
どうぞよろしくお願いいたします。

yoco先生の人物ラフ公開

yoco先生による、人物ラフイラストです。

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「Heaven's Rain 天国の雨 Limited Edition」の発売を記念して、WEBサイン会を開催します。

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 ご参加くださった読者の皆様、ありがとうございました

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