書誌情報
「Heaven's Rain 天国の雨 Limited Edition」
著:朝丘 戻/ill:yoco [価格:本体1,800円+税]
ISBNコード:978-4-86134-786-3/判型・仕様:四六判ソフトカバー
尊の声に怒りがまざって雰囲気が一瞬にして淀む。不穏な沈黙がゆらりとただよいだした。
「そうか、悪い」
空気を持ちあげるべくからっと笑ってこたえたら、
『……っとに、勘弁しろよ』
尊も陰気さをとっ払って苦笑し、かろうじて事なきを得た。
『まあ、ちゃんと事実確認してから騒ぐわ』と続けて、尊は冷静さをとり戻し結論を導く。
「そうだな」とこたえながらも、俺は〝おまえだからだろ〟という言葉がやはり理解できずにいた。俺に的確なアドバイスができるほどの経験がないことを、尊はどう考えて相談してくるのだろう。
『また電話する。身体大事にしろよ』
ありがとう、と一応礼を言って電話を切った。
携帯電話をソファーに放って、ガラス戸に木の枝状の線を描いて伝い落ちていく雨粒を眺める。
右の掌には透明フィルムに押しはさまれた桃色の朝顔が咲いている。
夕方、弁当屋に瑛仁さんがやってきた。
「……いらっしゃいませ」
傘をとじてカウンター前に入ってきた瑛仁さんは、俺の目を見て微苦笑する。
「驚いた顔して、なに?」
「いえ……」
お盆休みに会えると思っていなかった。
「藤岡さんの私服姿が新鮮で」
「ああ、いつもスーツだったね。ふらっとでてきちゃって、あんまりお洒落でもないけど」
Tシャツに薄手のカーディガンを重ねて、パンツも含めて全体をすずしげな色あいでまとめている。充分お洒落で素敵だった。
「格好いいし、若々しく見えます」
「スーツはおっさん度が増すか」
「その疲労感も渋くて魅力的ですよ」
「嬉しくない魅力だね」
笑いあったのちに「ご注文をどうぞ」とメニューをすすめた。
「今日は決めてきたよ、スペシャルのり弁当」
あ、と思ったのを打ちふって「かしこまりました」と伝票を切り、厨房に「スペのりひとつです」とお願いする。「はーい」と店長たちもフライパンをふるってこたえる。
「今夜は客がいないね」
呟いて、瑛仁さんがベンチに座った。
「はい。電話注文はありますけど、お盆休みで回転寿司や焼肉のほうが人気なのかもしれません」
「言えてる。駅の回転寿司屋、休日はえらい混んでるもんな」
「ええ」
……胸が弾んでいる。客と店員としてふたりきりで会話をかわすのがひさしぶりで、それが不思議な高揚感をもたらしていた。俺の部屋にいるときより、気兼ねなく楽に話せるのはどうしてだろう。〝客と店員〟というよそよそしいものでも、おたがいの繋がりを肯定する言葉があるのとないのとでは距離感や安心感が全然違っていた。
薄明るい道路にも草木にも雨が降りそそいで、跳ねて白く弾けている。蒸しているのに緑の香りをはらむ夏の空気は美味しい。瑛仁さんも雨を眺めていて、俺も口を噤んで雨音を聴く。
「このベンチに座ってると、なんだか落ちつくな……」
ここにいる、こういう彼を俺は好きになったんだった。……旅行になどいかなくてよかった。
瑛仁さんの横顔と、雨に濡れてすこしうねった後頭部の髪を盗み見ていると、ふいに胸を槍で抉られるような激しい哀しみがあふれだしてきて辛くなった。
話したい。話して縋りたい、と想う。自分が他人と接するたびに腹の奥底に数ミリずつつんでいる嫉みや焦燥や子どもじみたどうしようもないわがままや願いや祈りの蟠り全部をこの人にぶちまけて受けとめてもらいたい。この人がいい。一緒に抱えてくれる相手を自由に選べるならこの人がいい。
でも俺にはそれができない。
「凜もお盆までバイトで大変だね」
「いえ、接客好きですし、家にいると身体まで怠けますから」
「ふうん。仕事してても若々しくていいな。社会人になろうと凜は変わらなそうだ」
瑛仁さんは俺を大学生だと思っている節がある。大学へ通いながらバイトをしている二十一歳。
彼のなかだけにごくごく普通の健康な男である自分がいて、その理想的な自分を壊さずに生かしておきたくもあった。もし同情されたりしたら対等じゃなくなってしまう。
「スペのりおまたせー」
厨房から声がかかって、弁当を袋につめてお会計をした。
「ありがとうございました」
「またくるよ」
はい、と微笑む。お待ちしております。
身をひるがえした瑛仁さんが、暗くなり始めた道路へむけてばっと傘をひろげた。踏みだした背中はふりむかずに雨のなかへ消えていく。
俺はまた口を噤んで、ひとりで雨浸しの道路を眺める。
出会ったころ、瑛仁さんは弁当を注文したあとベンチへ座ってほかの客にまぎれても目立っていた。きらめくオーラを放って俺の目を惹きつけた。たとえば一目惚れとはあんな感じのことだろうか。
〝スペのり〟なんて呼び方にも彼は頓着しない。些細な疑問は自身で咀嚼して納得し、わざわざ他人に持ちかけたりしない硬派な性分なのだと思う。勘違いしていたり、他人に誤解させている事柄もありそうだが、その不器用で潔い冷たさが好みだった。
瑛仁さんも、奥さんには贈りものをしたりするんだろうか。するとしたらどんな品物を、どんなふうに選ぶんだろう。自分で店へでむいて? 本人に直接欲しいものを訊いて? あるいは一緒にでかけて……?
雨は夜になってもやまなかった。
自宅へ帰るとテーブルの上においていた朝顔のしおりが視界に入った。今夜暁天さんはこなかった。あれ以来初めてだ。この番号へ俺がかけるのを待っているんだろうか。まさかな。
——きみの心はいま兄ひとりに占められていて兄以外の人間との未来を考えてもいない。俺はその未来になりたいと思ってるよ。
しおりを持ってベッドへ倒れこみ、タオル地の、小さな草原みたいな糸の群れに顔を埋める。
待っていたわけじゃない。でもお礼はちゃんと言いたいと思いなおしていた。
このしおりは、生まれて初めて身内以外の人からもらった贈りものだった。
朝起きて、今日はなにをしようかと考える。
カーテンの青色が太陽の白い光に照らされて、淡い水色に透けている。外はどうやら快晴らしい。
左右のカーテンがあわさる中央のすきまから、黄金色の陽光が入ってフローリングの床に線をひいており、まどろんで眺めているとなにかが横切って視界が一瞬だけ黒く陰った。鳥だ、と思った直後に、ぽっぽーぽーっぽー、と鳩がうたいだした。
いつか瑛仁さんと聴いた歌をひとりで聴く。喉の奥で囁くような穏やかな歌声は低くくぐもっていて優しい。おなじリズムの規則正しいしずかなループなのに、聴き続けているとなぜかだんだん物悲しい曲に感じられてきて空虚な気分になった。
四歳ぐらいの幼いころ、ぼくはどうして産まれてきたんだろう、この命に理由はあるのかな、もし理由がなかったら自分が存在している意味ってなに、なんにもないのにここにいていいの、ここにいる価値があるの、ううん、死ぬんだったら価値なんかあったってどうせ無意味だ、なんで産まれたの、生きてどうするの——と、底のない恐怖に呑みこまれて身をまるめて泣いた夜、母親がうたってくれた子守歌、あれみたいだ。
降り続ける驟雨にも似ていて、一定の音のくり返しに不安を覚え、やがて、明るいトーンに変化することは絶対にないんだとわかってくるとしっとり寂しくなる。
携帯電話で誰かに連絡してみようか、と脳内のアドレス帳をめくってみるが、適当な相手がひとりもいなかった。どの友だちも、会って、元気そうだなと笑いあって、あたり障りない会話と相手のバイト先や大学での軽い愚痴を聞いて、また笑って、元気でな、と手をふって終わり。虚しさを重ねる想像しかできない。
鳩はまだうたっている。身体を起こしてベッドの縁に座った。図書館へいこう。
夏の炎天下に出歩くのは魚になるようなもんだ。太陽に焼かれた地上は酸素がうすくて、冷房のきいたすずしい場所を海のごとく目指す。図書館は近所なのにもかかわらず日傘をさしていても暑すぎて、途中コンビニでオレンジジュースを買って休憩する必要があった。
ようやくつくと、いきなりすっぽんぽんの子どもがはしゃぎながら横切ってびっくりした。公園で水浴びしてきたのかびしょ濡れで、「こらっ」と母親らしい女性がバスタオルをひろげて追いかけていく。もうひと組、母親とパンツ一丁の子どもが横のカフェのテーブル席にいて、「ユウ君走ってっちゃった」とふたりを見て笑っていた。カフェの店員さんやほかのお客もなごやかな笑みを浮かべて見守っている。
彼らを尻目に二階へ移動しつつ、水浴びいいな、と羨んだ。ああいうの一度もやったことがない。階段をあがる自分の足先を見おろして、尊がプールに誘ってくれた日に見せた苦い笑顔を思い出す。
もし泳げたら、走れたら、なにか違ったんじゃないか。遊びも恋愛も、みんなとおなじようにできる健康な女好きの男だったなら、俺はこんな卑屈な人間にならなかったんじゃないか。
「——これあげるよ」
「うそ、いいの? 可愛い〜。押し花すごく上手、暁天ほんと器用だね」
「こういうのつくるの結構好きだから」
え、あきたか……?
反射的にふりむいたら、彼が司書と思われる女性とむかいあって話していた。彼女の手には俺がもらったのとおなじ押し花のしおりがある。
声をひそめてはいるが会話は充分聞こえてくるし、知己らしい密な空気がふたりを包んでいるのもうかがえる。ここに知りあいがいたのか。
気配を消して書棚へ忍びこみ、鳥類図鑑をいくつか選びとって人気のない隅の読書スペースへ移動した。テーブル席の椅子に腰かけて図鑑のページをめくる。
しおり。初めて見る爽やかで楽しそうな笑顔。女性。
脳裏に暁天さんの柔和な横顔と、女性司書の可愛らしくて小柄な姿かたちがこびりついてはがれず、読書の邪魔をする。女性も好きになれるバイなのか、とちょっと混乱していた。
「リン」
呼ばれて我に返ったら、左横に暁天さんがいて顔を覗きこんできた。
「こんにちは、隣いいかな」
女性と話していたんじゃないんですか、と拒絶しようとしたが、誤解を招きそうなのでやめる。
「本読んでますから」
「もちろんしずかにするよ」
暁天さんも椅子に腰かけると、手に持っていた文庫を読み始めた。横目で盗み見た本はタイトルからして難しそうな時代小説。言葉どおりたしかに本に集中していてしずかではあるものの、存在感だけでこちらは散漫になってしまう。次のページがめくれない。
「……ここへきたらリンに会えるかもって期待してたけど、本当に会えて嬉しいよ」
暁天さんの小さな囁き声。
「昨日は忙しくて弁当屋にいけなかったんだ」
返答のしようがない。
「今夜はいくよ。でもリンはお盆休みかな」
そうです、と教えるのを躊躇う。
書店員様の声
今回、前半200ページ弱を先行して書店員様に読んでいただきました。
そこで、感想の一部をご紹介致します!!
感想をお送りいただきました書店員の皆様、ありがとうございました。
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朝丘戻先生スペシャルインタビュー
新作「Heaven’s Rain 天国の雨」は朝丘先生の初の四六判小説であり、448Pという大ボリュームの1冊になりました!
そんな特別な1冊の発売を記念して、作品のこと、朝丘先生のことをたくさん伺いました!
●作品について
- ———本作のテーマ、内容を簡単にお教えください。
-
自分が小説をとおして訴え続けている、自身の幸福観がテーマの柱です。
それを再び新たに鮮やかに掘りさげるために、
今回は現代ファンタジーという世界で、羽根のないおじさん天使と、病弱な少年の出会いを描きました。
- ———この作品を描こうと思ったきっかけはなんですか?
-
降りてきた、としか言いようがないです。五年前のことです。
きっかけは作品によって違いますが、今作は最初におじさん天使である暁天と、彼と恋するリンの姿が見えてきたので、そこから物語をかためていきました。 - ———執筆期間はどのくらいでしたか?
-
約半年と一ヶ月です。
- ———凜、暁天の名前の由来などはありますか?
-
由来はありません。 名前はいつも、ぱっと浮かんだものを故意に与えています。
逆に、ぱっとでないときは「この人はいま生まれる運命じゃないんだな」と思っていったん放置したりするんです。ただし名前にあてた漢字には、全員理由があります。
作品を読んでくださったかたに、彼らの人格などから感じとっていただけたらとても嬉しく思います。 - ———凜、暁天のイメージモデルがいましたら教えてください。
絵をお願いする際にyoco先生に伝えた髪型、髭、なんかのモデルはいます。
齟齬がないようにしたかったからで、それ以上でも以下でもありません。
が、内緒にさせてください……わたしは思い出すたんびに笑ってしまいます。
yoco先生はどう感じられたんだろう。
ファンというわけでは、なかったんです、格好いいとは思ってるけど……。- ———最初に生まれた人物は?
-
上記でさきにご紹介させていただいてしまいましたが、暁天とリンのふたりです。
- ———先生が一番描きたかったシーンはどこですか?
-
すべてです。
- ———書いていて楽しかった、また辛かったシーンなどはありますか?
すべて楽しくて、すべて胸が苦しかったです。
- ———初めての四六判・小冊子付き限定版ということで、一番ここをこだわった! という点があったら教えてください。
-
すべてにおいて細部まで手を抜かないこと、をいつも以上に心がけました。
作品は、出版社、担当、挿絵担当の絵描きさん、読者様への贈りものだと思っています。
内部にはどんなに迷惑をかけてもかまわない、素晴らしい一冊にしてそれで責任をとるから、とにかく読者様に胸を張って贈れるものをつくる、と考えてつねにむきあっています。
今回も自分の作家力のなさと、そのうえでの四六判を出版するという責任の重さを自覚していたぶん、物語、絵、キャッチ、装丁、帯、販売方法、なにもかもすべて真剣にとりくみ、ご尽力くださる方々とともに丹精こめてつくってきました。
一番、なんてありません。
すべてにおいて全員の心と努力がつみ重なって生まれた、こだわりの一冊です。
●朝丘先生について
- ———朝丘先生が小説家になろうと思ったきっかけはありますか?
-
ある作家の作品に出会ったのがきっかけです。
昔「やおい」を激しく嫌悪していたころ、親友が「わたしハマったかも……」と告白してくれて、「これはいけない。親友の気持ちを理解しなければ」と手にとった本がその小説でした。
それまでわたしも絵を描いていましたが、その小説に出会ったとき「自分の書いている絵に意志があるのか?」と思い至って絶望しました。
空っぽだったんです。本当は限界も感じていました。絵には劣等感も向上心も芽生えなかったから。それでその想いを若気の至りで作家さんへ手紙にしたためて送ったら、わたしの「意志を持って、他人に伝えるためのものを書きたいと思った」という言葉に、「あなたがデビューしてくるのを待っていますよ」というお返事を頂戴してしまいました。
「えっ、デビューなんてだいそれたことは考えてなかったのに……」と動揺しましたが、次の瞬間にはワープロを抱えて部屋へ駆けこんでいました。その後デビューしたあとは作家さんに直接ご報告にもいきました。
いまでもわたしにとってその方以上の作家はいませんし、支えであり原点です。
一生超えられない、超えるつもりもない師。
自分の人生に対して運命なんて大仰なものをあげるとしたら、これが唯一の、その奇跡です。 - ———執筆中にしていること、たとえば聴いている音楽など、欠かさないことなどございますか?
ある物を身につけて、それをつけているあいだは作品の彼らに恥じる行為は絶対にしない、と誓っています。
飲酒とか、エッチな本を読むとか、そういう欲望の一切を禁止するんです。音楽は作品イメージにあわせた一曲を延々とリピートし続けます。
だいたいしっとりした曲なので、たまに頭が破裂しそうになります。だから執筆が落ちついたらエッチな本を読んでがちゃがちゃした曲を存分に聴きます。けど、またすぐ我慢できずに書き始める、というループです。
余談ですが、雑誌ダリアさんで連載が始まる西野先生原作の漫画がすげえ楽しみなので、エロ解放期間にまとめ読みしよう、と計画しています。- ———執筆中に筆が止まってしまった時は何をしてリフレッシュしていますか?
-
とまるというか、次に彼らがどういう行動をするのか、なにを言うのか、見えなくなるときがあります。
そうすると散歩します。 公園を抜けてコンビニへいって、木々や鳥や子どもを眺めていると脳内の視野もひろがっていき、作品の人物たちが自然と動きだします。 - ———先生の一番の癒しとは何ですか?
- ———先生の宝物を教えてください。
-
挿絵をお願いした絵描きさんの絵たち。
読者様から頂戴した手紙やプレゼントたち。
小説を書き始めてデビューもしていなかったころ、初めて手紙をくださったかたからもらった木彫りの天使。担当や友だちや読者様がくれた言葉も、と言おうと思いましたが、宝物というよりは、わたしを学ばせて導いてくれる光でした。
- ———先生の作品には、魅力的な女性がよく登場されますが、女性を描くときのこだわりや先生ならではの決めごと等ありましたらお教えください。
-
「同性愛の辛さ」を描くことも信念としているのですが、それは男女それぞれがいてこそ成りたつものだと思っています。
なので、ボーイズラブの場合は女性も率先して真摯に描いていきたいと考えています。
個々の性格や外見にこだわりはあれど、むしろ純粋に好きな想いでしか描いていません。 女の子も大好きです。そういった信念があることから、挿絵をお願いする絵描きさんに対しても「女性も楽しく描いている人」というのをひそかに条件にさせていただいています。
ツイッタなど拝見して「女の子のおっぱーい」とかおっしゃっていると、よしお願いしよう、と意気ごむんです。 - ———今までの作品の中で担当編集との打ち合わせで一番印象に残った出来事はありますか?
どんなことも日々の端々でよく思い返します。
大事にしているのは、一作目の『君に降る白』のあと「編集者になる前から朝丘さんのこと知ってたよ」と聞かせていただいたのを機に、おたがいいろいろ披瀝した日のことです。
どうやってわたしの担当になったのか教えてくれましたし、わたしもなにに悩み、なにを目指しているのか、すべて話しました。
それはいまもおなじで、パートナーとして自分の葛藤は包み隠さず話すようにしていますし、「朝丘さんなんなのもう…」とあしらってくれる人柄に救われてもいます。
ドライかと思いきや、『あめの帰るところ』の修正をしていたとき、わたしが『携帯電話で一番星の写真を撮ったよ』と書いた部分に対し、「月にしましょう。だってわたしも携帯電話で星を撮ったことありますけど、撮れなかったから!」と指摘してくれた、乙女な人だったりもします。
ツイッタでも裏話をしましたが、Skypeで話ながらわたしが真剣に文章修正しているってのに、チャットで「\(^o^)/」とか送って邪魔してきて「暇なんだもん」とか可愛いことも言います。
担当になって一番最初に「わたし褒めませんから」と宣言してくれたところも好きです。手放しで持ちあげる人やお世辞言う人が担当だと、読者様に喜んでいただける本がつくれないので。
おたがい真剣すぎるので、本をつくっていると毎回必ず一度は険悪なムードになるんですけど、和解する都度、それまで以上に絆が深まっているのも感じます。出会ってから七年のつきあいになります。 信頼している担当にも恩返しになる作品を贈り続けていきたいです。
- ———今回、タイトルにも「雨」という言葉が入っており、また朝丘先生自身も「雨」がお好きとのことですが、先生が「雨」をお好きな理由はなんでしょうか?
-
小説を書き始めたころから不思議とつきまとわれるようになりました。
昔はそんなことなかったのですが、いまは執筆に熱中していたり、重要な場面を書いていたりすると外に雨が降っています。
それに、曇り空のときに外出すると必ず降ります。
連れがいて降ってくると「やっぱりね」「わかってたけどね」とため息をつかれます。
会社員だったころ先輩に「あんたと一緒に帰ると降るからひとりで帰って」と拒絶されたのがいまでも忘れられないです。結局降ってげんなりさせました。
でも晴れすぎていると蒸発して倒れてしまうので、雨のしずけさとすずしさがやっぱり心地いいです。 - ———先生が作品を書くなかで、一番嬉しい瞬間とはどんなときですか?
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登場人物たちが幸せなのも苦しいのも、恋する相手に出会えた証拠なのでそれぞれ全部嬉しいです。
ふたりの心が通じあう瞬間は心も震えて、初めてのキスとか、手繋ぎとか、セックスとか、触れあうときは涙がでるぐらい一緒に嬉しくなります。
セックスシーンも、その後のピロートークもお風呂も、いつまでもいつまでも書いていたくなります。
好きで好きで片想いで報われないあいだも、傷つくことのできる幸せを強く感じて満たされます。
たとえ一緒にいられなくなっても、相手の存在が刻まれたその後の人生は孤独じゃなく幸福に違いない、だからやっぱり嬉しいです。 - ———最後に読者の方にメッセージをお願いします。
-
これまで自身のことを「作家」「小説家」と言うときは、そこに到達していない自分への戒めのような気持ちがつねにありました。
書いてきた作品に後悔はありませんし、しません。そのときの精一杯だったと言い切れます。
ですが反省点は必ずあり、自分は未熟な成長途中のままで、作家、小説家と堂々と言うには力不足であると歯噛みしていたのです。
だから文章や物語づくりについて勉強しながら、どうしたら自分の伝えたいことが多くの読者様に伝えられるか、出版社にも絵描きさんにも読者様にも喜んでいただけるかと、作品を書くごとに懊悩し続けてきました。考えすぎてがちがちになっていたその自分の心が晴れたのが『坂道のソラ』以降です。
あのころ、あ、この歩き方で間違ってなかったんだ、と思えました。
成長したくてどんなに悩んでも、その悩みの方向が間違っていたら意味がありません。でも「正解」の尻尾を掴むことができたのです。
しかしそれはわたしの力ではなく、yoco先生の魅力的な絵が読者様の心をこちらにむけてくださったのが大きなきっかけだったのだと自覚しています。
yoco先生がくれたものは、たしかな一筋の光明でした。今回、四六判というお仕事を頂戴して『Heaven's Rain 天国の雨』のふたりが降りてきたとき、わたしのなかに再びyoco先生の絵で彼らが生き始めました。
ただでさえ責任重大なのに、『ソラ』を好いてくださった読者様にも『ソラ』と同等かそれ以上の感動をお贈りしなければならない、yoco先生の名前も汚すわけにはいかない、というプレッシャーも背負ったわけなのですが、それでいい、挑みたい、挑める、と思いました。そうして完成した今作は確実にいままでのわたしではない、でもわたしらしさが満ちあふれた一歩です。
ようやく自分のことを作家で小説家だと、気後れなく言えるようになりました。とはいえ一歩にすぎません。遅すぎる一歩です。
反省しつつ、今後も成長していくために努力し続けていきます。
なので、よろしければまず『Heaven's Rain 天国の雨』の彼らに会ってやってください。死別の場面もありません、別れもありません、切なくて泣ける物語でもありません。
唯一の相手と永遠に結ばれる喜びに満たされて、熱い至福感で胸が千切れる、ごくごく単純な物語です。 これがわたしの幸福観です。お贈りするために、魂を削って制作陣全員で細部までこだわり抜いて、大事につくりこんできました。
読者様の心にも触れることができましたら、こんなに幸せなことはありません。
どうぞよろしくお願いいたします。
小説を書くことです。
WEBサイン会開催!
「Heaven's Rain 天国の雨 Limited Edition」の発売を記念して、WEBサイン会を開催します。
アニメイトオンラインショップにて、3/30(月)正午より受付スタート!!
お申込はこちらから↓
http://www.animate-onlineshop.jp/products/detail.php?product_id=1324220
受付けは終了いたしました。
ご参加くださった読者の皆様、ありがとうございました