「Heaven's Rain 天国の雨 Limited Edition」著:朝丘 戻/ill:yoco

あらすじ

書誌情報
「Heaven's Rain 天国の雨 Limited Edition」
著:朝丘 戻/ill:yoco [価格:本体1,800円+税]
ISBNコード:978-4-86134-786-3/判型・仕様:四六判ソフトカバー

人物紹介

試し読み

 リンに存在を肯定されて、リンにのみ現実となった自分が彼の人生にどんな意味をもたらすんだろう。わからない。どうあれ、脳天気に喜べないことだけははっきりしている。

 午後になると案の定、雨が降りだした。
 リンの母親も見舞いにきたが、リンはオレンジジューをもらってもひと口しか飲めなかった。
 眠るリンに寄りそって時間を過ごす。暑さと雨の湿気のせいか額や首もとに浮かぶ汗が絶えない。
 俺の時間はゆるやかで怠惰だ。リンのスケジュールがそのまま自分の行動になるので、リンが体調を崩すとこうやって傍で見守るだけですぎていく。今夜は雨音が一定の音程で規則的に響き続けており、じっとしていると憂鬱になる。
 感情が、皆無というわけではない。時折思い出したようにぐっとしわを寄せるリンの眉間や、うすくひらいた口から洩れる苦しげな呼吸を聞いていると同情した。
 短命という使命はあるものの死因はさまざまで、前世でのリンは十六歳の夏に事故死した。痛みを理解する瞬間もなく亡くなったので憐れではあったが辛さはなかった。
 病気というのはなんとも厄介で心苦しい。辛い辛い、生きたい、と懇願しながら精一杯生きようとするリンの横でただ見つめ続けるしかできずにやり過ごす夜を、どれだけくり返してきただろう。
 眠っているあいだに首を絞めて永眠させてあげたい——と、恋人と心中した昔の、人間だったころの自分なら考えたのだろうか。
 もう深夜だな、と窓の外の陰気な雨空を観察していたら、リンの呼吸が乱れだした。
 ——藤丘先輩、藤丘先輩……っ。
 悪夢を見たのか胸のうちでそう叫び続けてうなされていたリンが、突然目をひらいて気怠げに周囲を見まわす。
「……タカさん、」
 求めていた人間とは違う者がいたのに、リンは寝起きのふやけた顔で弱々しく微笑んだ。
「大丈夫か」
 言ってしまってから、あっ、と我に返ったが、
「大丈夫」
 とリンはにこりとうなずいた。
 また笑顔を繕わせてしまった。
「でもなんか飲みたいな……えーと、」
 修正も削除もできない言葉は御しがたいと悔いている間に、リンはサイドテーブルにおきっぱなしになっていたオレンジジュースを見つけて飲んだ。「なまぬりぃ〜……」と顔をしかめて舌をだす。
「タカさん、俺がいま怖い夢見てたのわかった?」
「わかった」
「だよね、そんな顔してるよ」
 ごめんね、とリンが内緒話の囁き声で言った。
 ——ごめんね。心配そうな顔させて。
「安心していい、どちらかというと俺も猛とおなじだ。リンに平気なふりをしてほしくない」
 リンは目を見ひらいて、それからぷっと吹きだした。
「敵わねえな、猛とのあれこれも知られてるのかー……」
 はーあ、とため息を口にしてかけ布団をよけ、ベッドからでてくる。
「寝てたほうがいいんじゃないか」
「ううん、今日は寝すぎて目ぇ冴えた。汗も拭きたいし、トイレいってくるよ」
 スリッパを履いてタオル片手に病室をぱたぱたでていったリンが、しばらくしたら顔を洗ったようすでさっぱりして戻ってきた。濡れた前髪を額にはりつけて満面の笑みをひろげ、俺の横へならんで窓の外を眺める。
「……雨、本当に降ったね。どうしてわかったの」
「屋上へでたとき、雨雲が近づいてきてたから」
「屋上いったんだ。いいな、明日は俺もまた連れてって」
「晴れたらね」
 あっさり了承してしまった。あくまで交互に幸不幸を与えるのが使命なのに。
「猛は面倒な奴だよね……」
 リンがしみじみ苦笑いして、窓に左手をあわせる。
「面倒か。たしかにリンは困ってたね」
「あいつ体育会系っていうのかな? 白黒はっきりしないと駄目だし他人にそれ押しつけるし自分が絶対的に正しいと思ってる無神経だし、喧嘩すると疲れるんだよ」
「リンは猛より繊細なんだと思うよ」
「んー……つか、女々しかったのかもだけど」
〝なんでも言葉にしろ、他人を頼れ、ひとりで我慢するのは俺らを信じていないからだ〟と主張する猛に、リンは何度も〝人と接するときに相手を気づかうことのなにが悪いんだ、大切だからこそ足手まといになるのもいやなんだ〟とぶつかっていた。
 最終的には猛が『おまえがしてるのは気づかいじゃなくて拒絶だ、自分で自分を病弱でなにもできないかわいそうな奴だと思ってるんだ、俺はおまえを特別視なんてしない』と怒鳴ってリンが折れた。〝特別視しない、対等だ〟と言ってもらえたのが、リンは嬉しかったのだった。
「……俺はさ、猛が羨ましくて素直に従うのがいやっていう反発心もあったんだよね。だってあいつ、生まれてから入院した経験もなけりゃ風邪ひいて寝こんだことすらないんだぜ。頼れとか弱音吐けとかえらっそーに言うけど、実際おまえが俺みたいになったらできるのかって思うじゃん」
「そうだね、猛のほうが頑固そうだ」
「だろ? やせ我慢しまくるに決まってるよ。自分棚あげで都合いいように人を動かそうとするとこがあんだよな。だから腹たつの」
 苦笑しながら、リンは曇ったガラス窓に下手な猫の絵を描く。まるい顔で、目が点の。
「どうして藤丘のほうが好きなんだ」
 問いかけると、がくりと脱力した。
「さらっと言うね……」
「そうやって愚痴をこぼすほど親密な猛じゃなくて、たまに話すだけの藤丘に惚れるのが不思議だ」
 藤丘とリンは高校でおなじ図書委員に所属していて知りあった。本人と欲求をぶつけあって衝突したことなどないどころか、片想いして勝手な理想を抱いているだけだ。
「恋愛は理屈じゃないの」
「理屈……。藤丘のほうが顔が好きってことか」
「おいっ。そりゃ外見もあるけど、なんていうか……空気? とかも好きなんだよ。頭よくて物腰が柔らかくてちょっと影のある人が好みなの」
「リンは藤丘の性格をほとんど知らないから影もあるだろう」
 睨まれた。
「自分より大人で、尊敬できる人がいいんだよ」
「完璧な大人はいない。歳をとっても多少の分別を知るだけで精神的に子どもな人間が大半だよ」
「うるさいな、理想を壊すなよ」
「リンは理想に酔いすぎる」
「いーだろ、叶わないんだから夢ぐらい見させろよ」
「乙女思考で卑屈だ」
「くそっ、いーよ、どうせ俺には恋人なんてできねーよ!」
 リンの口が尖った。
「……また来世で藤丘先輩に会えたら頑張るし」
 拗ねてぼそぼそ文句を垂れる。
「どんな関係で生まれ変わるかわからない。藤丘と親子だったり兄弟だったりする可能性もあるよ」
「なんでそう俺の希望を断つんだよ」
「事実を言ってるだけだ。魂は転生するまで天国で何年も待つこともあるから年齢も変化する」
「どんな出会い方したって俺は藤丘先輩をまた好きになるよ」
 怒らせてしまった。掌でガラスの曇りをがむしゃらに拭ったリンが、雨に濡れた景色を睨み据える。暗闇のなかにひそむ病院の裏庭と公園の木の葉は雨粒と風に打たれてそよいでいる。
「……天国ってどんなところ」
 声はまだ若干拗ねていた。
「虹がある」
「虹? 雨が降ってるってこと?」
「いや、雨は降らない。でもずっと虹がかかってる」
「ふうん。俺、虹なんてあんまし見たことないよ」
 天国っぽい、と妙な感心をしてリンがまたすこし笑ってくれた。
「俺もいつか見られるかな」
「いや、見られないよ。死ぬと身体から魂だけが抜ける。魂には目も口も思考する脳もないから天国の景色は人間の記憶にも残らないんだ」
「えー……なんだよ、天国も全然いいことなしかよ……」
 再びげんなり機嫌を損ねてしまったようだ。
「天国には神さまがいるんでしょ?」
「いや」
「神さまもいないの? タカさんよく〝聞いてる〟とか言うじゃん。仲間も見えないのに天使の知識は誰から得てんのさ」
「わかるんだよ。疑問に思うと、こたえが頭のなかに見えてくる。自分の記憶の底から探りあてるみたいにはっきり映像化して、否が応でも納得させられる」
「なにそれ。天の声みたいなのが聞こえてきたりするわけでもないんだ」
「ない」
「不思議世界だなー……でも、じゃあ、タカさんはどこにいてもひとりなの? 俺が天国にいったら、また俺が転生するまでひとりぼっちで何年も待つわけ?」
「待つのも仕事だよ」
「……天使の人生も過酷だね」
 俺のような人間とは違う者に〝人生〟という表現をつかうリンは優しい子だなと思う。
「ねえ、俺の前世って恋人いた?」
「いや」
 ごっ、とリンが額をガラス窓にぶつけて俯いた。

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書店員様の声

今回、前半200ページ弱を先行して書店員様に読んでいただきました。
そこで、感想の一部をご紹介致します!!

感想をお送りいただきました書店員の皆様、ありがとうございました。

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朝丘戻先生スペシャルインタビュー

新作「Heaven’s Rain 天国の雨」は朝丘先生の初の四六判小説であり、448Pという大ボリュームの1冊になりました!
そんな特別な1冊の発売を記念して、作品のこと、朝丘先生のことをたくさん伺いました!

●作品について

———本作のテーマ、内容を簡単にお教えください。

自分が小説をとおして訴え続けている、自身の幸福観がテーマの柱です。

それを再び新たに鮮やかに掘りさげるために、
今回は現代ファンタジーという世界で、羽根のないおじさん天使と、病弱な少年の出会いを描きました。

———この作品を描こうと思ったきっかけはなんですか?

降りてきた、としか言いようがないです。五年前のことです。
きっかけは作品によって違いますが、今作は最初におじさん天使である暁天と、彼と恋するリンの姿が見えてきたので、そこから物語をかためていきました。

———執筆期間はどのくらいでしたか?

約半年と一ヶ月です。

———凜、暁天の名前の由来などはありますか?

由来はありません。 名前はいつも、ぱっと浮かんだものを故意に与えています。
逆に、ぱっとでないときは「この人はいま生まれる運命じゃないんだな」と思っていったん放置したりするんです。

ただし名前にあてた漢字には、全員理由があります。
作品を読んでくださったかたに、彼らの人格などから感じとっていただけたらとても嬉しく思います。

———凜、暁天のイメージモデルがいましたら教えてください。

絵をお願いする際にyoco先生に伝えた髪型、髭、なんかのモデルはいます。
齟齬がないようにしたかったからで、それ以上でも以下でもありません。
が、内緒にさせてください……わたしは思い出すたんびに笑ってしまいます。
yoco先生はどう感じられたんだろう。
ファンというわけでは、なかったんです、格好いいとは思ってるけど……。

———最初に生まれた人物は?

上記でさきにご紹介させていただいてしまいましたが、暁天とリンのふたりです。

———先生が一番描きたかったシーンはどこですか?

すべてです。

———書いていて楽しかった、また辛かったシーンなどはありますか?

すべて楽しくて、すべて胸が苦しかったです。

———初めての四六判・小冊子付き限定版ということで、一番ここをこだわった! という点があったら教えてください。

すべてにおいて細部まで手を抜かないこと、をいつも以上に心がけました。

作品は、出版社、担当、挿絵担当の絵描きさん、読者様への贈りものだと思っています。
内部にはどんなに迷惑をかけてもかまわない、素晴らしい一冊にしてそれで責任をとるから、とにかく読者様に胸を張って贈れるものをつくる、と考えてつねにむきあっています。
今回も自分の作家力のなさと、そのうえでの四六判を出版するという責任の重さを自覚していたぶん、物語、絵、キャッチ、装丁、帯、販売方法、なにもかもすべて真剣にとりくみ、ご尽力くださる方々とともに丹精こめてつくってきました。
一番、なんてありません。
すべてにおいて全員の心と努力がつみ重なって生まれた、こだわりの一冊です。

●朝丘先生について

———朝丘先生が小説家になろうと思ったきっかけはありますか?

ある作家の作品に出会ったのがきっかけです。

昔「やおい」を激しく嫌悪していたころ、親友が「わたしハマったかも……」と告白してくれて、「これはいけない。親友の気持ちを理解しなければ」と手にとった本がその小説でした。
それまでわたしも絵を描いていましたが、その小説に出会ったとき「自分の書いている絵に意志があるのか?」と思い至って絶望しました。
空っぽだったんです。本当は限界も感じていました。絵には劣等感も向上心も芽生えなかったから。

それでその想いを若気の至りで作家さんへ手紙にしたためて送ったら、わたしの「意志を持って、他人に伝えるためのものを書きたいと思った」という言葉に、「あなたがデビューしてくるのを待っていますよ」というお返事を頂戴してしまいました。
「えっ、デビューなんてだいそれたことは考えてなかったのに……」と動揺しましたが、次の瞬間にはワープロを抱えて部屋へ駆けこんでいました。

その後デビューしたあとは作家さんに直接ご報告にもいきました。
いまでもわたしにとってその方以上の作家はいませんし、支えであり原点です。
一生超えられない、超えるつもりもない師。
自分の人生に対して運命なんて大仰なものをあげるとしたら、これが唯一の、その奇跡です。

———執筆中にしていること、たとえば聴いている音楽など、欠かさないことなどございますか?

ある物を身につけて、それをつけているあいだは作品の彼らに恥じる行為は絶対にしない、と誓っています。
飲酒とか、エッチな本を読むとか、そういう欲望の一切を禁止するんです。

音楽は作品イメージにあわせた一曲を延々とリピートし続けます。
だいたいしっとりした曲なので、たまに頭が破裂しそうになります。

だから執筆が落ちついたらエッチな本を読んでがちゃがちゃした曲を存分に聴きます。けど、またすぐ我慢できずに書き始める、というループです。
余談ですが、雑誌ダリアさんで連載が始まる西野先生原作の漫画がすげえ楽しみなので、エロ解放期間にまとめ読みしよう、と計画しています。

———執筆中に筆が止まってしまった時は何をしてリフレッシュしていますか?

とまるというか、次に彼らがどういう行動をするのか、なにを言うのか、見えなくなるときがあります。
そうすると散歩します。 公園を抜けてコンビニへいって、木々や鳥や子どもを眺めていると脳内の視野もひろがっていき、作品の人物たちが自然と動きだします。

———先生の一番の癒しとは何ですか?

小説を書くことです。

———先生の宝物を教えてください。

挿絵をお願いした絵描きさんの絵たち。
読者様から頂戴した手紙やプレゼントたち。
小説を書き始めてデビューもしていなかったころ、初めて手紙をくださったかたからもらった木彫りの天使。

担当や友だちや読者様がくれた言葉も、と言おうと思いましたが、宝物というよりは、わたしを学ばせて導いてくれる光でした。

———先生の作品には、魅力的な女性がよく登場されますが、女性を描くときのこだわりや先生ならではの決めごと等ありましたらお教えください。

「同性愛の辛さ」を描くことも信念としているのですが、それは男女それぞれがいてこそ成りたつものだと思っています。
なので、ボーイズラブの場合は女性も率先して真摯に描いていきたいと考えています。
個々の性格や外見にこだわりはあれど、むしろ純粋に好きな想いでしか描いていません。 女の子も大好きです。

そういった信念があることから、挿絵をお願いする絵描きさんに対しても「女性も楽しく描いている人」というのをひそかに条件にさせていただいています。
ツイッタなど拝見して「女の子のおっぱーい」とかおっしゃっていると、よしお願いしよう、と意気ごむんです。

———今までの作品の中で担当編集との打ち合わせで一番印象に残った出来事はありますか?

どんなことも日々の端々でよく思い返します。

大事にしているのは、一作目の『君に降る白』のあと「編集者になる前から朝丘さんのこと知ってたよ」と聞かせていただいたのを機に、おたがいいろいろ披瀝した日のことです。
どうやってわたしの担当になったのか教えてくれましたし、わたしもなにに悩み、なにを目指しているのか、すべて話しました。
それはいまもおなじで、パートナーとして自分の葛藤は包み隠さず話すようにしていますし、「朝丘さんなんなのもう…」とあしらってくれる人柄に救われてもいます。
ドライかと思いきや、『あめの帰るところ』の修正をしていたとき、わたしが『携帯電話で一番星の写真を撮ったよ』と書いた部分に対し、「月にしましょう。だってわたしも携帯電話で星を撮ったことありますけど、撮れなかったから!」と指摘してくれた、乙女な人だったりもします。
ツイッタでも裏話をしましたが、Skypeで話ながらわたしが真剣に文章修正しているってのに、チャットで「\(^o^)/」とか送って邪魔してきて「暇なんだもん」とか可愛いことも言います。
担当になって一番最初に「わたし褒めませんから」と宣言してくれたところも好きです。手放しで持ちあげる人やお世辞言う人が担当だと、読者様に喜んでいただける本がつくれないので。
おたがい真剣すぎるので、本をつくっていると毎回必ず一度は険悪なムードになるんですけど、和解する都度、それまで以上に絆が深まっているのも感じます。

出会ってから七年のつきあいになります。 信頼している担当にも恩返しになる作品を贈り続けていきたいです。

———今回、タイトルにも「雨」という言葉が入っており、また朝丘先生自身も「雨」がお好きとのことですが、先生が「雨」をお好きな理由はなんでしょうか?

小説を書き始めたころから不思議とつきまとわれるようになりました。
昔はそんなことなかったのですが、いまは執筆に熱中していたり、重要な場面を書いていたりすると外に雨が降っています。
それに、曇り空のときに外出すると必ず降ります。
連れがいて降ってくると「やっぱりね」「わかってたけどね」とため息をつかれます。
会社員だったころ先輩に「あんたと一緒に帰ると降るからひとりで帰って」と拒絶されたのがいまでも忘れられないです。結局降ってげんなりさせました。
でも晴れすぎていると蒸発して倒れてしまうので、雨のしずけさとすずしさがやっぱり心地いいです。

———先生が作品を書くなかで、一番嬉しい瞬間とはどんなときですか?

登場人物たちが幸せなのも苦しいのも、恋する相手に出会えた証拠なのでそれぞれ全部嬉しいです。

ふたりの心が通じあう瞬間は心も震えて、初めてのキスとか、手繋ぎとか、セックスとか、触れあうときは涙がでるぐらい一緒に嬉しくなります。
セックスシーンも、その後のピロートークもお風呂も、いつまでもいつまでも書いていたくなります。
好きで好きで片想いで報われないあいだも、傷つくことのできる幸せを強く感じて満たされます。
たとえ一緒にいられなくなっても、相手の存在が刻まれたその後の人生は孤独じゃなく幸福に違いない、だからやっぱり嬉しいです。

———最後に読者の方にメッセージをお願いします。

これまで自身のことを「作家」「小説家」と言うときは、そこに到達していない自分への戒めのような気持ちがつねにありました。

書いてきた作品に後悔はありませんし、しません。そのときの精一杯だったと言い切れます。
ですが反省点は必ずあり、自分は未熟な成長途中のままで、作家、小説家と堂々と言うには力不足であると歯噛みしていたのです。
だから文章や物語づくりについて勉強しながら、どうしたら自分の伝えたいことが多くの読者様に伝えられるか、出版社にも絵描きさんにも読者様にも喜んでいただけるかと、作品を書くごとに懊悩し続けてきました。

考えすぎてがちがちになっていたその自分の心が晴れたのが『坂道のソラ』以降です。
あのころ、あ、この歩き方で間違ってなかったんだ、と思えました。
成長したくてどんなに悩んでも、その悩みの方向が間違っていたら意味がありません。でも「正解」の尻尾を掴むことができたのです。
しかしそれはわたしの力ではなく、yoco先生の魅力的な絵が読者様の心をこちらにむけてくださったのが大きなきっかけだったのだと自覚しています。
yoco先生がくれたものは、たしかな一筋の光明でした。

今回、四六判というお仕事を頂戴して『Heaven's Rain 天国の雨』のふたりが降りてきたとき、わたしのなかに再びyoco先生の絵で彼らが生き始めました。
ただでさえ責任重大なのに、『ソラ』を好いてくださった読者様にも『ソラ』と同等かそれ以上の感動をお贈りしなければならない、yoco先生の名前も汚すわけにはいかない、というプレッシャーも背負ったわけなのですが、それでいい、挑みたい、挑める、と思いました。

そうして完成した今作は確実にいままでのわたしではない、でもわたしらしさが満ちあふれた一歩です。
ようやく自分のことを作家で小説家だと、気後れなく言えるようになりました。

とはいえ一歩にすぎません。遅すぎる一歩です。
反省しつつ、今後も成長していくために努力し続けていきます。
なので、よろしければまず『Heaven's Rain 天国の雨』の彼らに会ってやってください。

死別の場面もありません、別れもありません、切なくて泣ける物語でもありません。
唯一の相手と永遠に結ばれる喜びに満たされて、熱い至福感で胸が千切れる、ごくごく単純な物語です。 これがわたしの幸福観です。

お贈りするために、魂を削って制作陣全員で細部までこだわり抜いて、大事につくりこんできました。
読者様の心にも触れることができましたら、こんなに幸せなことはありません。
どうぞよろしくお願いいたします。

yoco先生の人物ラフ公開

yoco先生による、人物ラフイラストです。

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