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「そか……じゃ下まで送る」
おにぎりのランチバッグだけ置いて真人と一緒にアパートの階段をおり、駐輪場から自転車をだす真人を見守った。
真っ暗闇のなかで自転車をひっぱって向きを変えた真人が、「じゃあ」とまた俺を見返す。
「おやすみ世ちゃん」
「うん……おやすみ。帰ったらメッセージちょうだい」
「わかった」
自分がどんな顔をしていたのか判然としなかったけど、真人に、ふっ、と笑われた。そしてハンドルから右手を離して俺の腰にまわし、こめかみにキスをくれた。
「じゃあね」
真人が自転車に跨がって、こきこきこいで帰っていく。ふりむいて、また手をふってくれる。
暗い路地にひとりで立って、どんどん小さくなっていく真人を見送るのは、おいてけぼりになるのをまざまざと感じて寂しい。でも今夜は心がそわそわあったかいままだ。
家に戻ってパジャマに着替え、ベッドに座って真人が作ってくれたおにぎりを食べていたらスマホが鳴った。
『帰ったよ。明日も学校だからゆっくり休んで。おやすみ』
俺も手に持っていたおにぎりを撮って画像と一緒に返事を送る。
『おかえり。おにぎり美味しいよ。まこもバイトで疲れてるのに来てくれてありがとう。明日はまた一緒に夕飯食べよう』
『うん、明日はちゃんと行く』
おにぎりは梅干しと鮭とじゃことスパムだった。こんなの三秒で作れるのすごすぎる。
『せっかく夫夫になったのに一緒にいられないね』
ごっこだし、未成年で実家暮らしの自分たちは夫夫だろうと離れて過ごすしかない。
『世ちゃん、なんのネジ飛ばしたの』
『え、ネジ?』
『いきなり誘惑が過ぎるでしょ』
……自分でも浮かれているのは自覚しているけども。
『両想いって確認したら、不安とか寂しさとかが無くなったんだよ。まこがずっと一緒にいるみたいで力が湧く。もっとはやく好きって言ってればよかった』
最後のスパムおにぎりも食べ終わって、お茶を飲んでから歯を磨きに行った。部屋に戻ると、真人から返事が届いている。
『ただ待ってるだけじゃなくて、世ちゃんはすこし強引にしたほうがよかったんだね』
んー……?
『強引? まこが強引だとは思わなかったよ。キスも我慢してくれてたし』
『今日は仲直りするのが目的だったから。夫夫になったからって、直後に衝動でそういうことまでする人間は最低だと思う』
真人は性欲盛んな十五歳でもすごく理性的で誠実だ。
『そうだね。おにぎり嬉しかった。仲直りできて安心できたよ。でもじゃあ、まこ的にいつがキスオッケーの日なの。明後日ぐらい?』
『世ちゃんはやる気満々だね』
絵文字をまったく使わない真人でも、呆れた顔をしているのは文字で見えてくる。
『まこともっとひとつなんだって思いたい。セックスしたらいま以上に安心できる気がするんだよ』
さっき抱きしめてもらったときも安堵感と至福感が半端なかった。裸になって抱きあって、おたがいの身体にたくさんキスをしあって、愛であって繋がりあえたら、どんなに膨大な幸福を味わえるんだろう。二度と離れられなくなるぐらい途方もない熱に支配される気がする。
『そうか。嫌いあったり寂しかったりするのが嫌な世ちゃんにとって、セックスはその全部を癒やせる行為なんだね。だとしたら俺のほうが卑しいのかもしれないな』
『まこ卑しいの?』
『衝動でしちゃ駄目だ、世ちゃんを大事にするんだ、って性欲を目の敵にして悶々と考えてるんだから。裏を返せば、エロいことだエロいことだ、って鼻息荒くしてるのとおなじでしょ』
「はは」と声をだして笑ってしまった。
『それも嬉しいよ。俺の身体でもまこが昂奮してくれるんだなって自信がでる』
ちょっと間ができたからベッドに転がった。あれ、これでメッセージ交換はおしまいかな、とうとうとし始めたら、またぴこんと鳴った。
『世ちゃんは、俺が世ちゃんに昂奮しないって思ってたの?』
届いたメッセージが意外と短い。
『思うよ。自分に自信ないし、まこがどんな身体好きなのか知らないし、そもそも男だし』
『驚きすぎて思考停止する』
どういう反応?
『世ちゃんは大天使だよ。顔も身体も全部綺麗で可愛くて食べ尽くしたい』
大っ、……食、っ……。
『俺まこにそんなふうに見えてたの?』
顔がカッカ燃えあがって猛烈に動揺して全身がじんじん痺れたけど、文字だとごまかせて、冷静に会話ができて助かった。
『世ちゃんなんにも知らないんだね』
『わかるわけないよっ』
『俺、世ちゃんにしか欲情しないよ。世ちゃん以外の他人に恋愛感情で惹かれたり性欲湧いたりしたこと人生で一度もない。ほかのひとはみんなじゃがいもに見える』
真人と初めてコウイウ話をして、ソウイウ気持ちを聞いて、思いのほか衝撃を受けた。
『テレビで可愛かったり格好よかったりするひと観ても、なにも思わないの?』
『世ちゃん以上に可愛かったり格好よかったりするひといない』
届いた黒い文字を何度も読んで、受けとめて、どきどき鼓動する心臓をなだめる努力をする。
『映画とかグラビアでセクシーな格好を観ても?』
『全部世ちゃんで想像してる』
なんてこった。
『俺テレビとか雑誌にでてるひとみたいな完璧な身体してないよ、理想高くなってない?』
『顔だけすげかえて観てるんじゃなくて、世ちゃんと昔海に行ったりして水着姿も見てるから、そのときの世ちゃんを想い出して全部まるっと置きかえてるんだよ』
そ、それどういう技⁉
心臓が際限なくばんばん跳ねまくるから、努力して深呼吸して平静を保たないと緊張でかたまる指を動かせない。
『つかぬことをお訊きするけど、じゃあまこは、ひとりでするときも俺を想像してるの?』
『してるよ』
即答‼
『そういうことするようになってからずっと? 全部? 一度もべつのひと思い浮かべたことない?』
『ない。全部世ちゃん。ほかのひとの身体に一ミリも興味ない』
まご好ぎー……。
『世ちゃんは俺以外のひとでするんだね』
あ、ぅ……しまった、いまの驚きっぷりと口ぶりでばれてしまったみたいだ。
『俺はまこでそういうことするの、悪い気がしてさけてた。まこは俺にとって神聖なひとだから穢しちゃいけないって思って』
『神聖ってなに。俺べつにお坊さんじゃないよ』
『俺の気持ちの問題だよ。神さまみたいなものなの』
物心ついたときから傍にいて俺を守り続けてくれた神さま。
『セックスは穢れた行為じゃない』
保健の先生みたいなことを言う。
『そうだけど、ひとりで発散するときはそう思えたから』
『なら誰のこと想像してたの』
……またすごく怒っているような気がする。真人の文字だけは感情が全部鮮明に見えるの、なんでなんだろう。
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