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「なんの話がしたいんですか。恋愛っぽいとは思ってますけど」
背の高い真人が立つと、彼女たちは真人の胸もとから見あげる格好なった。威圧感がすごい。
「れ、恋愛だよ。木崎君にわたしの気持ち、聞いてほしくて」
「こたえは決まってますよ。それでよければあっちで聞きます」
真人が歩きだして、ナツミがアオキに目配せしてひとりでついて行く。だいぶ遠くの柵の前まで行ってしまった。
「ねえ城島。木崎君の大事なひとって誰なの?」
残ったアオキが訊ねてきて、俺はいたたまれずに野菜の肉巻きを食べた。
「……知りたいなら本人に訊きなよ」
「こたえてくれそうにないから訊いてるんじゃん。てか、城島って木崎君のなに?」
「幼なじみ」
「うっそ、マジで? 初耳なんだけど。じゃああんたが言ってあげてよ、ナツミのこと」
「言う?」
「ナツミの人柄なんて木崎君なんにも知らないでしょ? なのにあんな冷たく突き放すだけって酷すぎる。せめて友だちになってよく知ってからふるとかさ、考えてほしいわけ」
……アオキの言い分もわかる。完全に壁を張って自分と会話もしてくれない片想い相手に、近づくチャンスがあれば好きになってもらえるかもしれない、と希望を持つ気持ち。
恋愛が苦手な俺だって、真人と他人同士で出会って片想いしたら、とりあえず話せる距離に行きたいと願っただろうし、徹底拒絶は理不尽だ、って哀しくなったと思う。
「けど、それは……、」
どうこたえればいいのかわからなくて口のなかで肉巻きを転がしていたら、ひく、ひくっ、と嗚咽が聞こえてきた。
はっとしてふりむくと、真人が戻ってくる。そのうしろを遅れてナツミも。
「ナツミ、大丈夫っ?」
アオキが駆け寄って、涙を拭うナツミの背中を抱いた。「行こう」というナツミの涙声にうながされて、アオキはこっちを一睨みしてから扉へ向かって行く。
「ごめん世ちゃん、騒がせて」
真人も隣に座りなおした。弁当箱と箸を持って、食事を再開する。
「……。世ちゃん、もうひとりの先輩とどんな話してたの」
いきなり追及された。……感情が顔にでていただろうか。
「……ナツミのことよく知ってから判断するように、まこに頼んでって」
「忘れていいよ。ごめん、世ちゃんまで巻きこんで」
きっぱりした拒絶が声にもでていた。
「誰と会ってもなにを知っても俺は変わらない。世ちゃんしか愛せない。世ちゃんは罪悪感を抱かないでね。自分よりあのひとのほうが、とか卑下もしないで、絶対に」
「卑下っていうか……」
「なに?」
俺を見返してくる真人の目が怒りで鋭くつりあがっている。
卑下したわけじゃない。ただ、生まれたとき真人のふたつ隣の部屋に住んでいて幼なじみになれたことや、子どものころから一緒に過ごしてこられたこと、真人とたくさんの言葉をかわして感情のやりとりをして、傍でふたりで成長してこられたことは、誰かにとって決して手の届かない夢のような奇跡なんだ、って……思い知っただけだ。
真人と一緒に生きるのがあたりまえで、自分の人生の当然のかたちだったから、たぶんいままで俺は、この貴重さを、全然まったく、きちんと受けとめきれていなかった。
「……それで? 世はどうしたいの。結婚の結論はでた?」
「結論は……まこに言います」
「ほう。じゃあさっきからキスがどうのこうの騒いでいるのはなんなのよ」
「騒いでません」と反論して、顔が熱くなるのを感じながら柳瀬先生を睨みあげる。
今日も放課後の見まわりを終えて委員会室まで戻ってきた。戸川は塾があるからと先に下校して、俺は真人が迎えに来てくれるらしいから柳瀬先生とふたりで時間を潰している。
「騒いでるよ。ここに来てからキスキスって何回言ったか、わかってないんだな世は」
「違います。騒いでるんじゃなくて、こ、……困ってるんです」
「さくっとすればいいでしょう」
「さ……〝さく〟ってすることなんですか」
「好き同士ならね。未成年でもキスだったら先生も目を瞑るよ」
「いや、あの……〝ちゅ〟とか〝むちゅ〟とか〝べろ〟とか……いろいろあるでしょって話」
「は?」
恋愛の成就に〝先に会った〟とか〝遅く会った〟というのは無関係だと言うひともいるけど、俺の場合は絶対に、真人と幼なじみになれたのが幸運の始まりだった。
物心ついたときから一緒にいて、幼なじみとも、兄弟とも、家族とも、恋人とも言える深い絆を結べた僥倖は、自分の命に与えられた幸福の半分以上を使って得た奇跡だと、頭にも心にも刻んでおかなければいけない。
〝未来は自分たちでつくっていくんだ〟とか綺麗事を並べたところで、結局そのときになってみないと結果はわからないし、自分が真人の心を繋ぎとめておける人間だ、と信じることも、まだうまくできない。でもだからこそ、真人とふたりでおたがいを幸せにする言葉、満たしあえる行為を、ひとつずつちゃんと積み重ねていこうと決意した。で、まずはキスだ。
「今夜、その……キス、する約束したんですけど、い、一応……俺、歳上だし。まこが喜んでくれるようなキスが、したいんです。だから、キスの仕方……教えてください」
柳瀬先生が俺の前の席に腰かけてから、遅れて「……ふっ」と吹いた。
「歳上だから……? ふふふ、そんなこと気にしてるの?」
くっ……顔がまた熱い。
「まこに頼って守ってもらってばかりなのはやめにしたいんですよ。俺が初めてなのはまこがいちばんよく知ってるけど、せめて、まこを幸せにできる大人のキス……勉強しておきたい」
「それは世もマコ君も望んでいることなんだよね? 身体を使ってとにかく理解してもらおうっていう自棄じゃなくて」
「うん……ずっとしたかったことを、一緒にしようってふたりで決めてする……そういうの」
「可愛すぎるな」
眉をさげて右手を口もとにあて、先生が「くくく」と笑う。子ども扱いされて悔しい……と思うものの、先生からただよう感情のオーラには決してばかにしたり見下したりする失礼なものは無い。
この高校に進学して、一年前に出会ってからずっとこうだ。教師と生徒っていう一線はちゃんと引いているのに、先生の目線は常に俺たちとおなじ位置にある。
なにか辛いことがあれば一緒に悩んでくれて、困ったことがあれば一緒に解決方法を探ってくれる。頭ごなしに否定したり、指図したりは絶対にしなかった。だから好きになった。
「……先生は初めてキスしたのいつ?」
「俺? 赤ちゃんのときお母さんに……とかはナシ?」
「ナシに決まってるでしょ」
「幼稚園のとき友だちと……っていうのも?」
「ナシ」
「恥ずかしいなあ」と呟いて、本当に照れくさそうに苦笑しながら内緒話の格好で顔を寄せてくるから、俺も右耳を向けた。
「……中学二年生のときだよ。相手は塾で知りあった高校生のお姉さん」
ちゅ、中学生で、高校生の先輩とっ……。
「すっごい大人な経験談じゃないですかっ」
「そうかも」
「も、しかして、その……は、初体験も、そのひととか……?」
「ふふ」
笑ってごまかされた。けど、明らかに〝そうだよ〟って表情をしている。
「せ、先生不潔だ、はやすぎるっ」
「しょうがないよ、モテちゃったから」
「教師なのにっ」
「だから世のことも止めてないでしょ? 本当に大事にしたいって想う相手となら触れあうのも先生はいいと思うよ」
……ああ、やっぱりこういうところ好きだ。〝未成年〟とか〝十八禁〟とかそういう法的な規則を押しつけてくるんじゃなくて、心で学んで大人になれ、って柳瀬先生は導いてくれる。
「……先生はどんな恋愛してきたの」
「そうだね……飛べそうなぐらい幸せな想いも、いますぐ死にたくなるほどの絶望も味わったけど、どの相手にも感謝してるね。そんな恋愛かな」
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