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『まこに似てるまるい黒髪の、俳優さんとかアーティストとか』
名前を言ったら真人がそのひとたちに一生理不尽な恨みを向けそうだったから内緒にした。
『もう二度としないで。穢れるのも気持ちよくなるのも幸せになるのも俺とだけにして』
ほわ、と頭のなかに真人と裸になってベッドで抱きあい、幸福そうに笑いあっている想像が浮かんできた。
『うん、わかった。まことする』
もし夫夫ごっこすら失敗して別れたら、また真人以外の誰かで発散したりするのかな。俺にそんなことできるのかな。想像や妄想ですら真人一色になって染まりきったあとで、べつのひとで、なんて。ひとりでしながら真人ふり払うのに必死で、泣いて性欲吹っ飛びそう。
『話してると止まらないね』
真人がまた返事をくれた。
『うん』
本当に、十数年ずっと一緒にいるのに夫夫になったらなったで真人が足りない。
『明日の昼休み、ふたりでお弁当食べよう』
小中と、学校では一度も一緒に過ごしたことのなかった昼食に、真人が初めて誘ってくれた。
『うん、いいよ。風紀委員の仕事があるからゆっくりできないけど、俺もまこと食べたい』
やっぱり昨日までより真人が近い。もっと傍にいてくれている。離れるのも、どんどん怖くなっていく。
『じゃあ授業終わったら迎えに行く。弁当も作っていくね』
『わかった。ありがとう楽しみにしてるね』
これで会話も終わりかな、と予感した。時計を見ると深夜一時をとっくに過ぎていて、とんでもない夜更かしだ、と驚いた。でも会話をやめても高揚感が邪魔で眠れる気がしない。
『おやすみ世ちゃん。好きだよ』
話しているとその分真人の甘い言葉で心臓が壊れて眠れなくなってしまう。
『うん、俺も好き。おやすみね』
浮かれすぎる心を、離れたくない恐怖心で抑えこんで、スマホを放してぎゅっと目を瞑った。
午前中の授業が終わる十分前から、三秒おきに壁かけ時計を眺めてそわそわした。
迎えに行くって言ってくれたけど、真人が二年生の俺の教室まで会いに来るのは初めてだ。
どんなふうになるんだろう。
教室の前とうしろの、どっちのドア横に立つ? 二年生が群がっている廊下から呼んでくるのは〝世ちゃん〟? もしくは〝城島先輩〟? それとも〝世先輩〟……?
大声だったら俺と真人が知りあいだっていうことも大勢のひとにばれる。真人に好意を寄せている同学年の女子にも知られるんじゃないだろうか。
どきどきそわそわしている間に、授業終了のチャイムがキーンコーンと鳴った。
先生が教室から退室してクラスメイトも昼食のために席を立ち、学食へ移動したり友だちと連れだって食事場所へ向かったりし始める。
「世、学食行こうぜ」
いつも一緒につるんでいる友だちが隣の席から声をかけてきた。
「ああ……うん、ごめん。今日はちょっと、やくそ、」
言いかけたとき、背後から肩を叩かれた。
「――先輩」
右肩におかれた手の大きさと感触だけで、相手がわかった。
「まこ……、と」
「行きましょう」
……窓際のど真ん中にある俺の席まで真人が来た。感情の読めないいつもの無表情で、上背があるせいでやたら高いところから見おろしつつ、いる。
「う、うん」
うなずいて立ちあがり、友だちにも「ごめん、今日は約束してるから」と笑いかけて真人と室外へ急いだ。……クラスメイトがものすごく見てくる、めちゃくちゃ視線を感じる。
「まこ、なんで教室入って来たんだよ……みんなびっくりするだろ」
廊下にでると真人の右腕を掴んで足早に屋上へ向かった。
「外から呼ぶと世ちゃんに迷惑かけると思って」
「めいわ……まこがどうするのか想像つかなかったけど、迷惑ってことはないし、教室入って来たらどうせ目立つよ」
「じゃあ次はスマホで呼ぶからちゃんと見てて」
「え、あ……うん、わかった」
そうか、スマホで呼びだすって手もあるんだ。
「ふふ」と左横から笑い声が聞こえてきて、見あげると真人が左手で口もとを押さえて笑っている。……さっきまでと全然違う、あどけない可愛い笑顔。
「世ちゃん意識しすぎ」
「そっ、……してないよ意識」
「そう。ならいいけど」
廊下をまがって階段をあがり始めると、真人の右腕が俺の手から逃れて、掌を繋ぎなおしてきた。指を絡めあわせてきっちりと握りしめる。
乾燥肌で常にかさついている俺の手と違って、真人の手はしっとりして体温も高い。子どものころあたりまえにしていたこんな他愛ない行為が、いまはなぜかどきどき胸を高鳴らせる。
手と手をあわせているだけなのに、強く握ってくれる指の一本一本が真人の真剣で熱い告白の声に聞こえてきて、心臓がきゅと縮む。
こんなふうにされたら離れがたくなっちゃうじゃないかよ……。
「世ちゃん、来て」
ドアをあけて屋上へでると、隅のベンチまで誘導された。
先に座るよううながされて手を放したら、案の定左手がひやりと冷えて淋しくなった。真人の手があったかいのが悪い。
「世ちゃんっていちいち顔にでるよね」
え、と首を傾げながらベンチに座ったら、すぐさま隣に腰をおろした真人が俺の背中に右手をまわして顔を寄せてきた。左頬に、かりと鈍い痛みが走る。
「いた」
噛まれた。
「……世ちゃん、本当に俺と結婚しなくて平気なの」
からかうような口調で訊かれて心臓が米粒ぐらいにぎうぅと縮み、一気に全身が燃える。
「夫夫ごっこのあいだは、やっぱりキスとかするのやめようかな」
「ぇ……」
「結婚するって応えてくれたらする」
え……ぇ。
「でも……しなかったら、夫夫じゃないよ」
「〝ごっこ〟だから気持ちだけ夫夫でもいいんじゃない?」
真人の口が頬から離れて、手も背中からするりと落ちていった。また真人の体温が消えた箇所が冷えてもの悲しさが胸にぽつりと穴を空ける。
したい、って言いたい。けど自分には言う権利がない。
真横からじっとこっちを凝視してくる真人の視線の圧にも負けて、うつむいて言い淀む。
「とりあえず食事にしようか」
真人が左腕に引っかけていたランチバッグをひらき、お弁当箱をふたつだした。昔、真人の家族に遊びに連れて行ってもらった先でも見た、クマの絵柄の可愛い弁当箱だ。遠足や運動会で真人が必要だろう、と真人のお母さんが買ったもので、いまは絵がかさかさに掠れている。
「世ちゃんはこっちね」
でも渡されたのは新しめの、紺一色のお弁当箱だった。大人っぽくて格好いい。
「……そっちがいいな」
クマのほうを視線でしめしたら、真人が不思議そうな顔をした。
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