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味噌汁をすすって、真人がしずかに指摘してきた。
「……。照れてない」
「ふうん……」
ほうれん草と豚肉を味噌ダレに絡めて箸でつまみ、口に入れてご飯も頬張った。甘さと塩味がちょうどよくて、ご飯とあわせると倍増しで口のなかが幸せになる。
白身魚も玉ねぎやしめじと一緒にふっくら焼けていて、バターのまろやかさをハーブソルトがしっかり引き締めてくれている。すごく美味しい。
「今日もありがとうまこ。美味すぎて食べながら腹が減る」
「世ちゃんが喜んでくれたならよかった」
まこは普段ほとんど無表情で、優しくしてくれるときも一緒に怯えてくれるときも強張った表情をしているけど、ごくたまに目もとと口もとをゆるめてやんわり笑う。
嬉しいのは俺なのに、真人も一緒に幸せになってくれているのがわかる。
「こういうホイール焼きみたいのも、おばさんに教わってるの?」
「最近はもう頼ってないよ。基本は学んだから、献立に困ったらスマホで検索する程度」
「そうなの? すごい、料理の達人じゃん」
「そこまでじゃない。世ちゃんの好みもわかってきて、使う食材もわりと偏ってるし」
「偏ってるの? え、俺偏食じゃないぞ」
「ないけど、すすんで食べないものもあるでしょ。白アスパラとかカリフラワーとか」
「ン……うん」
「炒飯も五目より梅レタスのほうが好きだし、シチューよりカレーだし、カレーよりビーフシチューだし、クリームパスタよりトマトパスタだし、鯖よりホッケだし、」
「もうわかったよっ」
顔が熱くなってきて制止したら、くすくす笑われた。
「……また照れてる」
「照れてんじゃなくて、なんか……いろいろばれてて恥ずかしい」
「恥ずかしがることじゃないよ。世ちゃんが好きなものを作れて俺は嬉しい」
真人も白身魚を綺麗に裂いてつまんでご飯と一緒に口に入れた。落ちついた態度で甘やかな言葉を言う大人っぽさが、俺の心臓をどきどきそわそわ騒がせる。
「……おばさん、まこが毎日うちに来てて怒ってない?」
「ないよ。前も言ったでしょ。世ちゃんの家の事情知ってるから、むしろ一緒にいてあげなって心配してくれてる」
「ン……そか。……ありがと。ごめん」
「俺も世ちゃんと夫夫気分味わえて幸せなんだよ。だから謝ってほしくない」
こういう言葉も、いまだにあっさり言ってしまう。結婚なんて……高校生になったいまでも、ほんとに本気で言っているんだろうか。
「……今日まこ、上級生の女子に囲まれてたね」
「……。ああ」
「間があったよ。もしかして忘れてたの?」
「忘れたかったのに思い出したよ」
一瞬で冷酷な無表情に戻った。
「そんな鬱陶しそうに言うなよ。……青春ってやつかもね。昔はみんな恋愛とかつきあうとかあからさまじゃなかったからわからなかったけど、まこってモテるタイプだったんだね」
「俺も知らなかった」
ちょっと大きめな声できっぱりと言い放った態度には〝この会話はもうやめる〟という明確な嫌悪も感じられた。怒らせたのかもと予感して、無意識に箸と茶碗を持つ手が止まる。
「世ちゃんは?」
「え……」
「柳瀬先生と仲がいいよね」
冷めた眼差しで真正面から見据えられて、頭のなかが数秒間真っ白になった。
「――……えっ、先生? 仲よく見えた?」
「朝、正門のところで挨拶当番してるとき、いつもときめいた顔で笑いかけてる」
真人の言葉がグーパンになって顔面にぶつかってきて、目をぱちぱちまたたいてしまう。
「なに言ってんだよ、柳瀬先生は結婚して奥さんも子どももいるんだぞっ」
「否定したければ〝好きじゃない〟って言ってよ。独身なら遠慮なく恋できたって聞こえる」
「そんなわけないだろっ」
「どうだろう。俺がいない一年のあいだ先生と世ちゃんになにがあったのか俺は知らないから信じることはできない」
疑われていたことがショックで、風紀委員の仕事をしているときの自分の顔が真人に下心を含んだ卑しい表情に見えていたのも辛くて、やるせなくて、哀しかった。
「……いなくないじゃん。まこ、いてくれたじゃん」
中学と高校で学校がべつになっても、真人はうちに来て一緒に夕飯を食べてくれた。
両親が離婚して住む場所も生活も全部が変わって、一気に孤独の底へ落ちたときにも真人がずっと一緒にいてくれたから寂しくなかった。嬉しかったのに。
「でも高校で柳瀬先生と会ったって話は、一度も聞かせてくれなかった」
「言う必要なかったからだよ」
「うしろめたかったんじゃなくて?」
真人の声は低くて冷たくて、落ちついている。
「俺が世ちゃんを好きだから、べつの男に惹かれそうになってるのがうしろめたくて話題にだせなかったんじゃないの」
――……城島は甘え上手だねえ。
違う。
――そうか……中学生ほど大人になっていたなら、ご両親の離婚も辛かっただろうね。幼なじみのマコ君とも離ればなれになって、毎日ひとりで過ごす夜が始まって。俺が城島だったら耐えられなくてべそべそ泣いてたかもしれないなあ……。
違う、先生とはそういうんじゃない。惹かれるなんてありえない。恋愛なんてしたくない。するわけがない。
「違うよ!」
「じゃあ本命は戸川?」
「はあ?」
「毎日一緒に楽しそうに帰ってるよね」
カチンときた。
「委員会が一緒だからだよ! 一緒にいるからって誰も彼も色目つかって誘惑してると思うな、俺はそんなビッチじゃねえし、浮気も不倫もしない!」
怒鳴って否定しても、真人はまっすぐ俺を睨み据えて動じない。
「……。だといいけど」
むかついて、真人と喧嘩なんかしたくないのに憤懣が暴れて止まらない。
怒りを抑えて笑って自分から折れて、変な誤解するなよ、ってへらへら言えば解決するってわかっている。けどどうしても苛立ちで胸が痛くて喉が詰まって、感情と態度を普段とおなじ和気藹々とした方向へ持っていけない。そんな子どもすぎる自分にも不快感が募るばかりで、ただ唇をまげて不機嫌な面持ちを維持したままおかずを口に放るしかない。
――柳瀬先生と仲が良いよね。
――いつもときめいた顔で笑いかけてる。
――独身なら遠慮なく恋できたって聞こえる。
――信じることはできない。
笑わなきゃ。
深呼吸して胸のもやもやした苛々を跳ね飛ばして、大人の態度をとらなくちゃ。
じゃないとうちの親みたいに真人と拗れて嫌いあって壊れて別れて、二度と会えなくなってしまう。友だちでもいられなくなってしまう。
――本命は戸川?
――毎日一緒に楽しそうに帰ってるよね。
でも悔しい。
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