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ぼわっ、と音を立てて顔が破裂したかと思った。
「ち、ちがう。夢が勝手にそーいう設定にしただけで、」
「そうですね、勝手にね」
「ゆ、夢が……」
くくくっ、と口をとじて笑いを押し殺す真人のようすも、からかうようでいて嬉しそうだから反論できなくなっていく。
「うぅ、……くそ、」と観念して口を結んだら、強張った左頬に真人がキスをしてきた。
「……間違ってませんよ。というか、それは世さんの理想じゃなくて現実です」
「え」
「あなたは俺をよく理解してくれているだけなんです。するに決まってるでしょ、プロポーズ。あなたが幼なじみだとしてもおなじように出会った瞬間恋に落ちて、結婚を迫りましたよ俺」
こめかみにもくちづけて、甘くじゃれついてくれる。俺も真人の左手をとって繋いだ。
「……本当に、俺たち、どんなふうに会っても恋愛してたかな」
「俺は世さんの顔と身体と心にしか惹かれない人間なんで、あなた次第じゃないですか。教師と後輩かー……」
「俺も好きになったよ。現実でも夢でも、俺の心のいちばん孤独で寂しい部分を救ってくれたのが真人だったから」
口にもちゅと軽いキスをくれる。
「……教師には揺れたんじゃないですか」
「うわ、夢と似たような嫉妬してる」
「してたのか」
「してた。理想の父親だったんだ、って教えたら納得してくれた」
「リアルすぎるな、その夢」
俺が吹いたら真人も一緒に吹いて、真夜中の寝室でふたりしてくすくす笑いあった。
「戸川さんもやっぱりイケメンでしたか」
「イケメンだった。でも恋愛の話はとくになくて、俺と真人のこと心配してくれてたよ」
「……ですか」
「……。それも俺の理想なのかな。戸川と恋愛でこじれたくない、みたいな」
「戸川さんが傷ついていなければいいんじゃないですか。世さんが辛いのはそこでしょう?」
「うん……だね」
あんな想いさせたくないし、したくない。俺の薄汚い願いだとしても、夢のなかでまで俺みたいな面倒くさくて意気地のない男に、戸川を狂わせたくはないよ。
「……ねえ、ところで真人ってひとりエッチのとき誰想像してる?」
「世さんですよ」
即答かい。
「俺と会う前は?」
「無でしたね」
「無」
……無とは。
「そんな会話もしたんですか? 夢で」
「うん……そこもかなり俺の願望が入ってそうだけど、真人は子どものころからずっと俺でしてくれてたんだって」
「ああ、まあ物心ついたときから世さんと一緒ならそうなるでしょうね」
「なるんか」
「なるでしょ」
恥ずかしくなって真人の胸を軽く叩いても、真人は〝当然だろ〟みたいなしれっとした表情を崩さない。
「……俺は真人が神聖な存在でオカズになんかできなかった、って言ったら怒ってたよ」
「誰をオカズにしてたんですか」
「ほら、そうやって怒ってた」
「子どものころから俺を好きでいてくれたんなら俺でしてくださいよ」
「本気になるなよ、夢だからっ」
「快感も幸福も俺とだけ感じてください、これからは」
額がつきそうな間近で目を尖らせて睨んでくる真人をほうけて見返し……それから、ふっ、と笑ってしまった。
「……うん、わかってるよ。まこだけにする」
唇を塞がれて、告白を食べ尽くしたいとでもいうふうにやや強引に舌を吸われた。真人の左手を強く繋いで、左手で腰を抱き寄せて、俺も自分を欲してくれる真人の舌の動きにこたえる。
「……真人、今度時間ができたら一緒にお弁当作ってどこか行かない?」
「お弁当……? ピクニックですか」
「そうだね、ちょっと大きい公園とかでいい。真人とお弁当食べてのんびりしたいんだよ」
「いいですけど……どうしたんですか急に。それも夢がきっかけ?」
ふふふ、と笑って真人の胸に顔を埋めた。温かくて、細身なのに抱きしめて寄りかかると自分より逞しくて大きな真人の身体に安堵する。
俺のなかにいるひとりぼっちの寂しい子どもを癒やし続けてくれる男。唯一無二の恋人。
「……好きなんだ、真人の弁当箱」
「俺の? あなたのじゃなくて……?」
「はは、……うん、そうだね」
俺が初めて得られた永遠――。
クマちゃんお弁当箱
あれはたしか三年前、真人と出会った年の冬ごろだった。
会社が懇意にしている中華料理屋が改装工事で一週間休みになり、そんなときに限って会議だらけで内勤の仕事が増えた。
――会社で昼メシ食べる日は、あの中華店の料理楽しみにしてるのに……。
なにげなくそうぼやいたら、真人が反応したのだ。
「……そんなに好きなんですか」
「うん、結構好き。中華なのにあんまり脂っこくなくて、味つけも絶妙で気に入ってるんだ。天津飯は塩餡と甘酢醤油餡が選べるし、おまけに麻婆天津飯もあるんだよ。回鍋肉丼も青椒肉絲丼も、五目炒飯も美味い。餃子は絶対つける」
「聞いているだけで美味しそうですね」
「実際食べても美味しいんだよ。はあ……一応会社で用意してくれる弁当もあるし、べつの店もあるっちゃあるから贅沢言えないけどね。仕事頑張れば外食する時間もつくれるかなあ」
食事をとれるだけありがたいのだから文句を言うな、と自戒もする。しかし内勤の楽しみと言えば昼食ぐらいしかない。連日会議室にとじこめられて根を詰め、面倒なお偉いさんと言いあって身も心も消耗するというのに、昼メシも期待できないとなれば哀しみが深い。
「はあ……」とまたため息を洩らしつつ、真人が作ってくれたほうれん草と豚肉の赤だし味噌汁を飲む。美味しい……癒やされる。
「……それ、俺が作っちゃ駄目ですか」
耳を疑って「え」と顔をあげると、正面にいる真人がご飯を咀嚼しながら相変わらずの無表情でこちらを見ている。
「作るって……真人が、昼メシを?」
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