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「そりゃ知ってます。おなじクラスだし、あいつ一匹狼っていうのかな、全然クラスに馴染もうとしない素っ気ない奴なのに、上級生の女子にまでモテて目立つんですよ」
「ははあ、悪目立ちってやつだねえ。でも戸川もモテるんじゃないの?」
「俺はそういうの巧くやる質なんで」
「うわ、言い切ったよこいつ。頼もしい若者だなー」
……悪目立ち。
真人は二年や三年の女子にまるく囲まれてなにか話しかけられながら、迷惑そうにうつむいてサンドイッチを囓り続けている。目をあわせようとはしないものの、時折うなずいたり頭をふったりして、会話にも一応こたえているようだった。
小学校や中学校でも真人は周囲と距離を置いていた。『世ちゃん以外の他人は嫌いだ』と拒絶して、本当に当たり障りない接しかたしかしない。だけど、あんなふうにあからさまに目をハートにした女子にちやほやされている姿は見たことなかった。
柳瀬先生の言う〝青春〟ってやつなのかな。急に色気づいた女子に、真人が捕らわれている。
「……先輩、不安なんですか?」
戸川が顔を覗きこんできて、「えっ」と我に返った。
「な、にが?」
「そんな顔してるから」
「意味わかんないよ」
キンコーンカンコーン、とちょうど昼休み終了のチャイムが鳴って身を翻した。
「休み終わりだ。戸川、教室帰るぞ」
「……。はい」
一年ぶりに、また真人とおなじ学校で生活している。でもなんでだろう。いろんなことが、以前とはまるで違う。
風紀委員は朝の正門での挨拶と、昼休みの巡回と、放課後の巡回を毎日当番制で行っている。
「城島先輩、本当は木崎と一緒に帰りたかったりしますか?」
「なにそれ。戸川、まだ昼間の話ひきずってるの?」
「いや……俺が邪魔してるなら悪いなと思って」
「ンなことないよ」
風紀委員の当番がおなじ戸川とは、仕事を終えたあといつも一緒に下校していた。
駅までの十分程度の距離を歩くだけだけど、たまに商店街の肉屋でコロッケを買って食べたり、ゲーセンに寄って遊んだりもする。
たしかに、真人とはまだ一度もこんなふうに下校したことがない。
「おかしくないですか。じゃあ木崎ってなんのために先輩を追いかけてきたの? 学校で話してる姿も見たことないから、幼なじみって聞いて俺、驚きましたよ」
「うーん……そうだね。でも小中のころもべったりしてたわけじゃないよ。高校入ってからはまこバイト始めて、そっちのほうが忙しいみたいだしな」
「そうなんですか」
「うん」
「おなじ学校にいるだけでおたがい安心なんだ」
うん、と流れでうなずきそうになって、あぐっと躓いた。
「恥ずかしいこと言うなよばか」
「恥ずかしいんですか」
「恥ずかしいだろ」
戸川が歩きながらじっと見返してくる。恐ろしいほどイケメンの戸川にくっきり綺麗な二重の瞳で凝視されると、妙な迫力があってどぎまぎする。
「……城島先輩って正直ですね」
どうしてだよ。
駅で戸川と別れて電車に乗り、自宅アパートの最寄り駅に着くと、駅前のスーパーで安売りの食材をいくつか購入して帰宅した。
そして一時間ほど勉強をしたあと風呂へ入り、テレビを観てのんびりしていると玄関のチャイムが鳴った。インターホンで応答してから玄関へ行って迎える。
「おかえり。バイトお疲れさま、今日ほうれん草と豚肉が安かったから買っておいたよ」
「ただいま、お邪魔します。ほうれん草か……じゃあ炒めものと味噌汁作ろう」
「うん、腹減ったー」
ふ、と疲れた顔に薄く笑みを浮かべて、真人が部屋へ入ってくる。
俺も笑いかけて奥へ進み、真人がリビングのソファに荷物を置いてからキッチンに立つのを横で見守った。
学校では学年も違ってあまり接することもないが、プライベートでは相変わらず親しくしている。うちは母親が夜仕事をしているので、食生活を案じた真人がほぼ毎日夕飯を作りにきてくれるのだ。
母親はテーブルに金だけ置いて出勤していく。俺はそれで食材を買って、真人と一緒に料理をして食べて、真人が帰っていくのを見送る。
――世ちゃんのお母さん、料理しないの?
――……うん。作るの苦手だから、買って食べたほうがいいでしょってお金だけくれる。
――それでひとりで食べてるの?
――そうだよ。
――……俺、料理するよ。
――え? まこが?
――母さんに教えてもらって作る。それで世ちゃんと一緒に食べる。そうすれば世ちゃん、寂しくないでしょ?
受験生だった昨年も、『成績は余裕で合格圏内だから』と涼しげに言って通い続けてくれた。
さすがに負担をかけるのは嫌だから俺も手伝っているけれど、頼りきっている自覚はある。真人がいてくれて、一緒に食事をしてくれて、孤独感が紛れているのも……わかっている。
「世ちゃんはいまだに包丁の扱いが危なっかしいな」
左横に立って、白身魚のホイール焼きを作ってくれている真人が苦笑いになる。
「教わったとおりにやってるよ?」
反論したけど、真人の右手に左手を覆われて、「もっと猫手」と指を内側へ押しこまれた。うなずいて、ぎゅっと猫手をつくりつつ、ほうれん草をざくざく切る。
「上手い?」
「うん、上手い。世ちゃんの料理が食べられて嬉しい」
真人は大人っぽく鷹揚に微笑む。
「……まこの料理だろ」
「そうかな。じゃあ炒めるのも世ちゃんやって」
「いいよ」
ホイール焼きをセットし終えた真人と立ち位置を交代して、今度は俺が炒める係になった。
真人は俺がざく切りしたほうれん草の半分をお味噌汁のためにさらに細かく切って鍋に入れ、お豆腐も掌の上で切って加える。
俺を包丁の切っ先から言葉巧みに守ってくれたんだ、と気づいたときには、お味噌汁が完成していた。
「ほうれん草の炒めものは世ちゃんが好きな味噌味にしようね」
それで、俺が炒めていた豚肉とほうれん草がいい具合にくったりしてきたところでお手製の甘味噌ダレを入れて味つけもしてくれた。俺の手の動きにあわせて甘い香りの味噌がひろがり、ほうれん草と豚肉に馴染んでいく。
「……まこはいい旦那さまになるね」
思わず蕩けた感想を洩らしたら、真横からいつもの無表情で見おろされた。
「あなたのね」
ぼわ、と顔が熱くなって心臓がぎりっと縮む。
ろくな言葉を返せないうちに、「ここに盛って」とお皿をさしだされて、炒めものをさらさらうつした。すかさずコンロの火を消した真人がホイール焼きも確認して取りだし、テーブルに並べていく。
「あとご飯と味噌汁だけだから世ちゃん座ってていいよ」
「……うん」
もたもたもじもじしている間に、料理が全部テーブルに揃って真人も正面に座った。「いただきます」とふたりで言って、食事が始まる。
「……いつまでも照れてないでよ」
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