ダリアカフェ

書誌情報

書誌情報

とのこい

著者
朝丘 戻
イラスト
丹地陽子
発売日
2023年7月
ISBN・品番
978-4-86657-675-6
定価
本体価格800円+税
判型・仕様
文庫判
レーベル
ダリア文庫

あなたとふたりでごめんをしたい――。

28歳のサラリーマン・世は、恋愛が苦手なゲイ。会社の呑み会の翌日、目が覚めると明らかに「事後」の様子で、記憶が無い世は誰と一晩を過ごしたのか全く分からない状況に。詮索しないでおこうと考えるも、隣人の大学院生・真人からは「必ず犯人を捜してこい」と言われてしまう。思い当たる人物を辿っていく世だが、その行動が後輩の戸川、上司の柳瀬との関係まで変えていくことになり――!?

  • 書店を選択して購入
  • 電子書籍を購入
紙の書籍を購入
アニメイトオンラインショップ
コミコミスタジオ
とらのあな
Amazon.co.jp
セブンネットショッピング
紀伊國屋書店ウェブストア
楽天ブックス
TSUTAYAオンラインショッピング
電子書籍サイトで購入
Amazon.co.jp(Kindle)
アニメイトブックストア
Renta!
コミックシーモア
ebookjapan
honto
ブックライブ
【電子版】8月13日頃から配信開始!紙書籍の特典ペーパーと同内容のショートストーリー付き&丹地陽子先生の美麗なイラスト入り♪


Pick up

Pick up

サイン会のお土産SSを特別公開中!

 小学生の夏休み、おたがい両親も不在で暇だった昼下がりに、真人の家でなにげなくテレビ映画を観た日の想い出だ。邦画独特の、ちょっと薄暗い不倫ものだった。
「おかしかったね、あれ。まこも俺もめちゃくちゃ気まずくて縮こまって」
 ソファでふたりして膝の上に両手をおいて、ぎゅっと握ってどきどきしながら観ていたんだ。いま想い返すと自分たちの初々しさが面白い。
「俺は気まずかったわけじゃないよ」
「嘘だ、まこも赤い顔して無言になってたじゃん」
 緊張しながらちらっと盗み見た真人の顔は、まばたきもせず口をひき結んで赤くなっていた。
「違うよ。俺はあの女のひとを世ちゃんに変換して観て羨んでたんだよ。大人になったらあれがしたいって思ってじっくり観察してた」
「えぇっ、あんなころから? マセまこだ」
「はは、〝マセまこ〟」
 笑う真人に唇を覆われて舌をきゅと吸われ、「んっ」と肩が竦んだ。
「……まこは、じゃあ……いま、夢が叶ったの?」
「そうだね」
 真人が俺の右頬を吸ってから、耳もとで「……飛びついてきてくれたのは世ちゃんだけど」と囁き、嬉しそうに笑い続ける。恥ずかしくなって、真人の身体を両腕と両脚で思いきり抱きしめて隠れたらもっと笑われた。
「世ちゃんはこれも同棲も〝ごっこ〟だと思ってる……?」
 俺を見おろしている真人の眼差しと声音は優しかった。淋しげな口調で責めるような、そんな厳しさもない。
「……思ってない」
 こたえたら、逆に目をまるめて驚いた顔をされた。
「そうなの」
「……ないよ。〝ごっこ〟のほうがよかったの……?」
「どっちでもいいよ。気持ちは両想いだってわかってるから」
「え、どういうこと?」
「〝結婚〟も〝夫夫ごっこ〟も世ちゃんの意識の問題でしょ。だからいまどう思ってるのか訊いてみただけ」
 ……俺の、意識の。
「俺、世ちゃんを〝結婚〟とか〝夫夫〟って言葉で縛ろうとしてたのかもしれないね。だからもうやめようか」
「え……」
「世ちゃんの友だちの前では〝幼なじみ〟で構わないし、おばさんにも〝ふたつ隣に住んでた真人君〟のままでいい。世ちゃんが安心できるなら〝友だち〟にも〝幼なじみ〟にも〝後輩〟にもなるよ。ふたりでいるときだけ〝恋人〟でもいいね。おたがい四十代になったらようやく〝夫夫〟って思ってくれるようになるかな。その日が楽しみだよ」
「それじゃ俺がまこに〝都合のいい関係〟を強いることになるじゃないか」
 不義理だし、真人の想いに対して不誠実に甘え続けることになる。
「全然違うよ。そもそも男同士だから時と場合と相手によってごまかす必要もあるでしょう。俺は世ちゃんとの恋愛を他人に認めてもらいたいとは思わないから、わざわざ〝恋人〟だとか〝夫夫〟だとか紹介しなくてもいい。おたがいがおたがいの存在と心を守る関係でいようよ」
 俺の〝永遠恐怖症〟やおたがいの社会生活を守るために、臨機応変に〝幼なじみ〟や〝友だち〟や〝恋人〟や〝夫夫〟になる……っていうのか。
「……俺、まこと結婚する、したい、って今日言おうと思ってたんだよ。でも〝幼なじみ〟をやめて〝夫夫〟に変わるんじゃなくて、俺たちを形容する関係性に〝夫夫〟も加わるって……思えばいいのかな」
「うん、そうだよ。というか、実際そうでしょ?」
 たしかに、俺たちが幼なじみだったり友だちだったり、先輩と後輩だったりするのも事実で、夫夫になったところでやめられるものでもない。すべてが俺たちを形容する関係のひとつだ。
「……また救われたね。ありがとう、まこ。俺が怖がってばかりいるせいで、まこがいろんな方法で愛情のしめしかたを教えてくれているの、ちゃんとわかってるよ。俺が我が儘なのも」
「世ちゃんは子どものころ大人にふりまわされた無力な被害者だよ。臆病になるのも当然で、我が儘じゃない。卑下しなくていい」
 呼吸がかかるほど間近で真剣に叱られて、止める隙もなく涙が両目から溢れだして、ぼろとこぼれていた。
「俺……まこと夫夫になれるのも、嬉しい。……けど〝離婚〟が無くなるわけじゃ、ないから……やっぱり怖いのは、こわいよっ……」
 俺が恐れているのは〝夫夫〟じゃなくて〝離婚〟で〝絶縁〟で〝別離〟だ。
 真人と愛しあう理由を得られたからといって〝別れ〟の可能性が消えるわけではない。それが怖い。……辛い。
「まこ、に……ずっと、好きでいてもらう努力は、していくね。……俺たちの関係性のなかに〝夫夫〟が無くなっても……〝幼なじみ〟の〝友だち〟でいてもらえるように、したい……」
 左手をあげて真人の右頬を触った。小学生のころはふっくりしていた頬が、いまはしゅっと引き締まった輪郭に変わっているけれど、やわらかさはおなじだった。
 真人の頬。体温はあまり感じられなくて、むしろすこしひやりとするこの感触が恋しい。
 いま時間が止まって死んでしまえれば、真人の感触を味わったまま終えられる。離したら、二度と触れずに真人がいない場所で孤独に逝くことになるかもしれない。……そういうのがね。そういうのが全部怖いの。真人が好きだから俺、怖いんだよ。
「セックスしたら、身体が溶けて、くっついて……まこと、ほんとにひとつに、なれればいいのに」
 ううぅ、と唸ってぼろぼろ涙をこぼしながら告白をした。
「……世ちゃんはばかだね」
 ため息をこぼして俺の唇にキスをくれた真人も、唇を吸って顔をあげると赤い目をしていた。
「まごっ……」
「子どものころから一緒にいて喧嘩しても仲直りしながら十数年過ごしてきたのに、それでも別れるかもって不安がってるんだから世ちゃんはばかだよ。……大丈夫だよ。一生仲よく愛しあう夫夫を、俺が世ちゃんに見せてあげるから」
 ぱた、と真人の左目の涙が自分の右目に落ちてきた。
「……世ちゃんを嫌いになる未来は想像できないけど、もしそうなっても世ちゃんをひとりで放って生きることはできないんだよ、俺。ひとりぼっちで泣いてる世ちゃんのほうが、昔からずっと嫌いだったから。寂しがってる世ちゃんが世界でいちばん大嫌いだ」
 真人が泣いている。泣いてくれている。
 俺の寂しがる姿が嫌いだと嘆きながら、俺と一緒に寂しくなって泣いてくれている。
「……まこ、」
 真人と一緒に泣いていると心が温かくなって、寂しくなくなって、怖くなくなっていく。
 ふたりで泣いているのに恐怖が増幅するどころか幸せになっていくのが不思議だった。
 ようやくわかった。孤独も恐怖も、真人と分かちあえるなら辛くない。真人がいないと俺は孤独に押し潰されて生きられない。
「俺、も……まこが、寂しいとき、ひとりにしたくない。ふたりで寂しがって怖がっていたい。まこのこと大事にしたいよ。一生、ずっと」
 涙でつかえながら告白をくり返して真人の頬を撫でたら、また唇を塞がれた。
 さっきまでの初々しくて必死なキスではなくて、優しくやわらかくおたがいを食んで愛でる、夫夫の誓いのようなキスだった。
 上唇を吸われて下唇を舐められて、舌先を撫であう。好きだよ、愛してるよ、今日まで毎日一瞬も心をそらさずに想い続けてきたよ、とおたがいが唇と舌で叫んでいるのもわかる。
「……俺たち、もっとはやくこうするべきだったのかもしれない」
 陶然としてそう言ったら、真人が俺の前髪を右手で撫でて「ふっ」と吹いた。
「世ちゃんにもやっと気づいてもらえて嬉しいよ」
 楽しげに笑う真人の唇がキスを続けながら、俺のネクタイをといてワイシャツのボタンもはずしていく。
「……ちょっと、緊張する」
 ゆっくり丁寧に真人の指でシャツをひらかれて自分の素肌があらわになっていくと、一緒にプールや風呂へ入ったことだってあるのに心臓の動きがはやくなった。セックスのために裸になるのは、羞恥も昂奮も全然違う。
「……ン。黙って我慢しなくていいよ、休憩が必要なら言って」
 真人は大人みたいなことを言う。
「まこ、緊張してないの……?」
 真人の視線が俺をちらっと見あげて、苦笑いになった。
「してるけど、嬉しさのほうが大きい」
 ボタンを全部はずし終えた真人が、左手を俺のシャツのなかに忍ばせながら腰を撫でてくる。
 いきなり胸もとを丸だしにしたりせず、俺の緊張感を和らげつつ触れあおうとしてくれて、真人の優しさと愛情をこんな些細なしぐさでも実感して胸が苦しい。
「……最近はあまり見てなかったけど、世ちゃん綺麗だね」
 腰から腹、腋の下、と真人の掌が肌の上をしずかに滑っていくと、シャツがすこしはだけた。
「ただ眺めているのと、触るために見せてもらうのはこんなに違うんだな……」
 しみじみ幸せそうに言いつつ見おろされてどきどきする。
「……全部、まこのだよ」
 真人の目を見つめて羞恥心を噛みしめながら告げたら、幸せそうに微笑んでくれた。

前のページへ  次のページへ

特典情報

特典情報

購入特典あり!

※各特典の配布状況は店舗によって異なります

一般共通特典 配布店舗一覧

全国チェーン店・専門店
文教堂(一部店舗のぞく)
丸善ジュンク堂書店(一部店舗のぞく)
北海道
喜久屋書店 帯広店
紀伊國屋書店 札幌本店
宮城県
スクラム 古川店
ヤマト屋書店 あけぼの店
喜久屋書店 仙台店
未来屋書店 名取店
秋田県
ミライア 本荘店
加賀谷書店 茨島店
福島県
みどり書房 桑野店
ヤマニ書房 ラトブ店
岩瀬書店 富久山店
茨城県
TSUTAYA 鹿嶋宮中店
WonderGOO 下館店
栃木県
TSUTAYA 鹿沼店
うさぎやTSUTAYA 宇都宮東簗瀬店
喜久屋書店 宇都宮店
群馬県
くまざわ書店 イーサイト高崎店
くまざわ書店 伊勢崎店
喜久屋書店 太田店
戸田書店 藤岡店
埼玉県
くまざわ書店 飯能店
スーパーブックス yc vox ワカバウォーク店
ブックデポ書楽 
旭屋書店 新越谷店
博文堂書店 千間台店
芳林堂書店 エミオ狭山市店
千葉県
BOOK EXPRESS ペリエ西船橋
くまざわ書店 津田沼店
ときわ書房 本八幡スクエア店プラスゲオ
旭屋書店 船橋店
紀伊國屋書店 セブンパークアリオ柏店
紀伊國屋書店 流山おおたかの森店
三省堂書店 カルチャーステーション千葉
博文堂書店 君津店
堀江良文堂書店 松戸店
未来屋書店 新浦安
未来屋書店 成田店
東京都
NET21今野 西荻窪店
SHIBUYA TSUTAYA 
アニメイト 蒲田
オリオン書房 ノルテ店
くまざわ書店 浅草店
くまざわ書店 八王子店
ブックスルーエ 
ブックファースト ルミネ北千住店
ブックファースト 新宿店
旭屋書店 池袋店
紀伊國屋書店 国分寺店
啓文堂書店 府中本店
三省堂書店 池袋本店
三省堂書店 有楽町店
書泉ブックタワー 
文教堂書店 武蔵境駅前店
芳林堂書店 高田馬場店
有隣堂 アトレ大井町店
神奈川県
BOOK EXPRESS アトレ大船店
くまざわ書店 横須賀店
ブックファースト モザイクモール港北店
紀伊國屋書店 ららぽーと横浜店
三省堂書店 海老名店
未来屋書店 大和鶴間店
有隣堂 伊勢佐木町本店
有隣堂 横浜駅西口コミック王国
有隣堂 藤沢店
山梨県
戸田書店 山梨中央店
長野県
平安堂 上田店
新潟県
くまざわ書店 新潟亀田店
富山県
BOOKSなかだ 掛尾本店 コミックラボ
喜久屋書店 高岡店
紀伊國屋書店 富山店
文苑堂書店 小杉店
文苑堂書店 清水町店
石川県
うつのみや 上林店
コメリ書房 穴水店
ブック宮丸 金沢南店
福井県
TSUTAYA 福井パリオ店
岐阜県
カルコス 穂積店
喜久屋書店 大垣店
三洋堂書店 ルビットタウン中津川店
静岡県
あおい書店 富士店コミック館
マルサン書店 サントムーン店
マルサン書店 駅北店
谷島屋 イオンモール浜松志都呂店
谷島屋 浜松本店
谷島屋 流通通り店
島田書店 花みずき店
愛知県
TSUTAYA 春日井店
カルコス 扶桑店
滝書店 
三重県
宮脇書店 津ハッピーブックス店
滋賀県
ハイパーブックス 駒井沢店
喜久屋書店 草津店
本のがんこ堂 アクア店
本のがんこ堂 守山店
京都府
大垣書店 京都ヨドバシ店
大阪府
キタモト書店 2号店
ブックファースト なんばウォーク店
ブックファースト 蛍池店
ブックファースト 梅田2階店
旭屋書店 なんばCITY店
喜久屋書店 漫画館 阿倍野店
紀伊國屋書店 グランフロント大阪店
紀伊國屋書店 堺北花田店
水嶋書房 くずは駅店
清風堂書店 コミック店
大垣書店 高槻店
未来屋書店 りんくう泉南店
未来屋書店 大日店
兵庫県
くまざわ書店 あまがさき店
喜久屋書店 姫路店
紀伊國屋書店 加古川店
紀伊國屋書店 川西店
知恵蔵書店 兵庫店
未来屋書店 明石
奈良県
喜久屋書店 橿原店
啓林堂 奈良店
和歌山県
本と文具ツモリ 西部店
鳥取県
Book Yard. CHAPTER3
ブックセンターコスモ 吉方店
宮脇書店 境港店
島根県
ブックセンターコスモ 出雲店
ブックセンタージャスト 浜田店
今井書店 出雲店
岡山県
喜久屋書店 倉敷店
宮脇書店 平島店
啓文社 岡山本店
広島県
アニメイト 広島
フタバ図書 TSUTAYA ALTiアルパーク北棟店
啓文社 コア春日店
啓文社 ポートプラザ店
徳島県
カルチャーシティ平惣 羽ノ浦国道店
香川県
宮脇書店 総本店
宮脇書店 南本店
宮脇書店 本店
高知県
TSUTAYA 南国店
福岡県
フタバ図書 TSUTAYA TERAイオンモール福岡店
メトロ書店 千早店
喜久屋書店 小倉店
紀伊國屋書店 福岡本店
積文館書店 筑紫野店
積文館書店 本城店
白石書店 本店
長崎県
ブックマート諫早 
メトロ書店 本店
熊本県
紀伊國屋書店 熊本光の森店
蔦屋書店 熊本三年坂
大分県
TSUTAYA 森町店
鹿児島県
紀伊國屋書店 鹿児島店

小説家

小説家

▲TOPへ戻る