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「もっとはやく世さんと会いたかったけど、小学生のころ大学生の世さんと会ってたら俺の性感覚は壊れていましたよ」
「いきなりなんの話だよ、エロい話?」
「あんたがエロいことしてきたのが悪い」
「指舐めただけだろ」
「そういう甘えかたは〝誘惑〟って言うんです」
「まこだからするんじゃん」
「追い撃ちをかけるな」
下唇を尖らせたら、真人がそぼろ丼を食べ終えて器にスプーンを入れ、味噌汁の椀と一緒に手に持ってキッチンへ行ってしまった。
怒らせたのかな、と目で追いかけてうかがっていると、食器を水につけて戻ってきた真人がおもむろに左横に屈み、突然俺の背中と膝裏に腕を滑りこませて一瞬で姫だっこをしてきた。
「うわっ、すごい力っ」
真人の足は寝室へ向かって歩いていく。
「風呂入れてくれるんじゃなかったのかよっ」
「汗をかいたあとに風呂です」
「なんの汗っ」
「大人なんだからばかな質問しない」
真人の首に腕をまわして「襲われる~」と笑ったら、ベッドに丁寧に横たえられて、上に来た真人に右頬を噛まれた。
「……こんな時間だし、今日は月曜だからちゃんと加減します」
部屋着のトレーナーのなかに真人の冷たい右手が入ってくる。「うん」とうなずきながら、俺も真人の背中に両腕をまわした。
「……せめてひとつぐらいの年齢差ならよかったかもね。おなじ高校で、真人が後輩とかさ」
「小学生のころには会っていたかったです」
「そうなの? んー……なら家が近くの幼なじみとかどう? 俺は近所のお兄さんってわけ」
ああ……たしかにあのころから真人が傍にいてくれたら、俺も全然違った人生を送っていただろうな。
小学生の小さな真人も、俺を一目で大天使だとか想って好いていつも一緒にいてくれたなら、俺は両親が喧嘩をしている毎日も、離婚したあとの日々も、孤独を知らずに生きられただろう。
世界のはみだしっ子同士、そんなにはやく運命の出会いをできていたならば――。
「まこ、……俺も、真人が好き、」
「〝絶対言わない〟なんて無理でしたね」
嬉しげに喉で笑いながら、真人が俺の胸を吸ってくれる。頭を撫でて「……世、」と呼んでくれる。
「……俺も愛してる、世」
夢との恋
「――世ちゃん」
マンションのそばにあるコンビニ駐車場の片隅でコーラを飲んでいたら、突然背後から声をかけられた。
「ああ……まこ。おかえり、今日は学校楽しかったか?」
ひとつ歳下の真人は小学三年生だ。学校帰りだとわかるランドセル姿で佇み、なにやらむっと厳しい表情をして俺を睨み据えている。
「いつからここにいたの」
まだ声変わりのしていない可愛い高声を、低く抑えこんで訊いてくる。
「いまだよ。いまさっき」
「ほんとうに?」
「うん」
「じゃあどうしてコーラがほとんど残ってないの」
ぎくり、と心臓が跳ねたのを、笑ってごまかす。
「一気飲みしたからさ」
へらへら笑って口もとがひきつらないよう頬に力を入れていたら、大股で近づいてきた真人がいきなり俺の腰のシャツを掴んで歩きだした。
「わ、まこ、どこ行くんだよっ」
真人は無言でなにもこたえない。
きっとばれたんだろうな……、と確信した。マンションのふたつ隣の俺の家で、両親が大声で叫びながら喧嘩していたこと。俺が家に入れなくて、コンビニで手持ち無沙汰にコーラを飲みながら暇を潰していたこと。
「……まこ、服が伸びるよ」
観念してため息をこぼしながら真人の腕を掴んだら、やっと立ち止まってくれた真人がふりむいて俺を見返してきた。まだ怖い顔で睨んでくる。けどその目は澄んでいて純粋で、真剣で優しい。
突っぱっていたシャツから真人の指の力がゆるんで離れたかと思うと、おもむろに俺の手をとって今度は掌を繋いできた。またずんずん歩いて、どこかへ向かっていく。
もうすぐ夏休みで、梅雨も明けた晴天の空は青々と眩しく世界を覆っている。
真人の小さくてやわらかい掌の真んなかがだんだん汗ばんでいくのが、なんだか恥ずかしい。自分の汗も混ざっていって、くっつくたんびにしっとりして。
町の神社を通りすぎると、真人がどこを目指して歩いているのかわかってきた。小学校の裏にある駄菓子屋さんだ。
「おごってあげるから好きなの選んで。……二百円まで」
お菓子が所狭しと並べられた棚を睨みながら、真人が唇を尖らせたまま言う。
ちょっと照れたようすでくれるぶっきらぼうな優しさが嬉しくて、泣いてしまいそうになるのをぐっと堪えた。
「……うん、ありがとうまこ」
棒形のスナック菓子をふたつずつ選んで、当たりつきのきなこ棒も笑いあって食べたあと、店をでて神社に戻った。そして石段に並んで座って、棒スナックを一緒に頬張った。
「美味しいね。まこはこれ、サラダ味とサラミ味が好きだよね」
「べつに好きじゃないよ」
「え、いつも買うじゃん」
「世ちゃんがチーズとコンポタ選ぶからこれにしてる」
「おなじのが嫌ってことかよ」
「違うよ。飽きたら俺の食べればいいと思って」
ン、と言葉もなく、真人が右横から半分食べたサラダ味の棒スナックを突きだしてくる。
半分こ前提って……そんなの全然知らなかった。自分が食べていた残り三分の一ほどのチーズ味を、俺も真人にさしだしてサラダ味を受けとった。
「俺はいらないよ、世ちゃんは好きなの好きなだけ食べなよ」
「いいよ、まこにもあげる。交換」
オレンジ色っぽい濃い色をしたチーズ味の欠片を見おろして、真人が〝ほとんどない……〟という顔をする。でも手にとって囓った。
「美味い?」
「……チーズが重たい」
「結局嫌いなんかよっ」
はははっ、と笑ったら、真人も頬をほころばせて苦笑いになった。
「……ありがとまこ」
物心ついたころから真人はあたりまえに隣にいた。
生まれたときからうちの両親は不仲で、それを知った真人の親にも家へ招いてもらって夕飯をごちそうになったり泊まらせてもらったり、なにかと世話になってきた。
けど自分だけ逃げて安心できたことはない。
いまも家で酷い言葉で罵りあっているふたりが、嫌いあって殴りあって、殺しあいの喧嘩に発展して、血だらけで倒れているんじゃないかと……そう怯えて、止めに入ることもできない無力な自分が悔しくて、怖くて不安で、しかたない。
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