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「……世ちゃん」
そういうときも真人はここにいてくれる。
「うん」
この怒っているみたいな表情は俺を心配して一緒に怖がって、不安がってくれている優しい顔なんだよね。いまよりもっと子どもだったころは、びーびー泣く俺の手を繋いで真人が一緒に眠ってくれたこともあった。
ひとつの歳の差なんて目立つ違いなどほぼゼロで、むしろ真人のほうが背もちょっと高いし、テストの点数もいいし、立派な大人みたいに優しい。いつも、どんなときも。出会った日から。
「世ちゃん暑くない? もっとこっちの木陰においでよ」
「あ、うん、……ありがとう」
コンポタとサラミは、真んなかから半分に折ってわけっこした。
神社には参拝しに来るひともおらず、いつまでも俺たちふたりきりで、だんだん日が傾き始めている。木々がさざめいて橙色の夕日をちかちか揺らしている。
「……いま少女漫画のドラマがやってるの、世ちゃん知ってる?」
「え、少女漫画? どんなの?」
「人気のアイドルが主役演ってて、格好いいってクラスの女子が騒いでる」
「へえ? 知らないなあ……」
夕日に照らされて棒スナックのチーズ味みたいな色に染まっている真人が、うつむき加減に手もとのコンポタを見おろして、囓って、また口をひらく。
「……それメインのふたりが幼なじみで、小学生のころ結婚の約束するんだけど、大人になって男のほうが病気発覚して死ぬかもって話らしい」
「なにそれほんとに人気なの? 哀しくて嫌だ」
「だから世ちゃんも俺と結婚の約束しようよ」
「はあ? だから? なにが〝だから〟?」
「俺は長生きするから」
真人があまりに真剣な目をして言うものだから、一瞬よりもはやい光の速度で激しい哀しみの塊のような感情が迫りあがり、ぼわぼわ涙が溢れだしてきた。
「ああー」と声がでたときにはほっぺたまでべったり濡れて、ばたばた膝にもこぼれていた。
「まご死んじゃうの嫌だー……」
「死なないから」
「死んじゃう、いつか……死んじゃう、」
「世ちゃんより長生きする。俺が死ぬところ世ちゃんには絶対見せない。だから結婚しよう」
「まご……死んじゃうって、思うぐらいなら、……もう友だちやめる、」
「なんでそうなるの」
「ほんとに、長生きするなんて、保証、ないじゃん……いま別れれば、哀しいこと、なくなるもん、」
「全部無しにしたら死ぬまでの時間も無しになるんだよ」
「それでいい……どっかで、生きてるって……思ってたら、幸せだがらっ……」
しゃくしゃく、と真人がコンポタスナックを一気に口に押しこんでから、強引に俺の背中を掻き抱いてきた。細い腕でぎりりと痛く抱きしめられる。苦しい。
「死ぬことじゃなくて、それまでふたりでどう生きるかってこと考えてよ」
「いやだよ……いま、もうやめる。まこと一緒にいるの、うぅ……やめる、」
「それじゃ時間が無駄になるでしょ」
「無駄、ない、よっ……」
哀しくて哀しくてしかたなかった。
真人がいつか死んでしまう、と覚悟をして夫夫生活を送るぐらいなら、いま、この幸福の絶頂期に別れてしまいたい。
結婚をしたら両親のように嫌いあって憎しみあって、身体が死ぬ前に心が死ぬ可能性だってある。そんな時間いらない。そんな恐ろしいことしたくない。
友だちでいい。幼なじみのままでいい。
それでそのうち疎遠になって、おたがいどこかで大人になって、幸せないまの想い出だけを抱えて生きてひとりで死ねばいいじゃないか、それがいちばん幸福じゃないか。
「……世ちゃんは、俺のこと好きだから別れたいって言うの?」
「まごだけは……死んじゃうのも、嫌いになるのも、……やだ、」
「俺、世ちゃんのこと嫌いにならないよ。一生好きだよ」
「一生なんて嘘だよっ、いまわかることじゃないんだよ一生はっ、」
うぅ、ああーっ……、と泣きに泣いて、日が暮れて暗くなってもなかなか泣きやめなかった。最後には真人に手をひかれて、ふたりして黙ったまま家まで歩いて帰った。
それから数年後、俺が中学に進学するのと同時にうちの両親は離婚した。
***
「――……本当に来てくれたんだねえ、噂のマコ君」
委員会室の窓辺の席から校庭を見おろして、柳瀬先生がのんびりと呟く。
「……はい。そうです」
俺も先生の横に立って外を眺めた。校庭の片隅にあるベンチでは、さっき風紀委員の昼休み巡回のとき見かけた真人が、女子に囲まれながらサンドイッチを頬張っている。
「入学してたった二ヶ月であんなにモテモテだけど、将来の旦那さんとしてはどうなの?」
柳瀬先生は瞳を細くにじませて訊いてきた。穏やかな微笑のなかにどんな感情が秘められているのか、全然掴みとれない。
「……からかわないでください」
「純粋な気持ちで訊ねたんだよ」
「ばかにしてるんでしょう」
「そうか、嫉妬で苛々してるんだな」
「ンなこと言ってない」
「青春だなあ、可愛い~」
「やっぱりからかってるじゃないですか」
「どういう意味ですか?」と、背後から尖った声がぶつかってきた。
「将来の旦那って、城島先輩が? マコって、うちのクラスの木崎真人のことですよね?」
今年風紀委員に入ってきた後輩の戸川だ。
「……先生のせいで戸川にまでばれたじゃないか」
「いるって知らなかったんだよ、世もだろ?」
ちっ、と舌打ちしたら、柳瀬先生が「ははは」と眉をさげておかしそうに笑った。
「ねえ先輩」と戸川は左横に来て追及してくる。
「もうー……変な想像するなよ、ただの幼なじみ」
「木崎と城島先輩が?」
「うん。昔住んでたマンションのふたつ隣同士で、仲よかったんだ。俺は中学のとき親が離婚して隣町に引っ越したんだけど、まあ……そのあともまこが会いにきてくれたりなんだりで、ゆるく交流してて」
「結婚の約束もした?」
「してない」
「さっき先生が、」
「したくないって俺は断ったの。高校も、あいつめちゃくちゃ頭いいから自分のレベルにあうところ選べって散々言ったのに、なんか……進路指導の先生のすすめも断って無茶してここ来ちゃってさ」
「……それ、木崎はいまも本気ってことじゃないですか」
「わー、もう戸川までなに真面目に言ってるんだよ、やめろって」
頭をふって浴びせられた言葉ごとふり払ったら、柳瀬先生の笑い声がまた聞こえてきた。
「戸川もマコ君のこと知ってたんだね」
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