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「なんで? そっちは世ちゃんの好物を多めに詰めたんだよ」
「……クマちゃん可愛いから」
母親が真人のために選んだお弁当箱、というのが素敵で、憧れていた。それをずっと使い続けている真人も好きで好きで堪らなかった。
「ふうん……? じゃあ、はい。おかずは世ちゃんに分けてあげるね」
ばかにするでも、理由を追及するでもなく真人はお弁当箱を交換してくれた。箸も弁当箱とセットのクマの箸箱をくれて、俺は子ども用の短くて小さなそれをとりだして持つ。
お弁当箱の蓋をひらいたら、三色そぼろご飯と、焼き鮭と、野菜の肉巻きと、ほうれん草の玉子焼きが入っていた。
「……まこ、」
「ん?」
「俺……やっぱりまことキスとかセックスもしたい」
朝からどれだけ時間をかけてこんな美味しそうで素敵なお弁当を作ってくれたんだろう。
好きだ、と俺が痛感するたび、真人は俺の情動を上まわる愛情を容易く与えてくれる。
見返したら、真人は水筒のお茶をコップに注ぎつつ俺をじとりと睨んでいた。
「……世ちゃんって意地悪っていうか、駆け引きみたいなのを仕掛けても必ず倍返ししてくるよね」
「そ、れは、まこだろ。てか駆け引き? 意地悪だったの……?」
「これだから困るよ。……まあ、いいや。食べながら話そう」
「う、うん」
お茶もふたり分用意してもらって、「いただきます」と食事を始めた。
真人のそぼろご飯は挽肉と玉子とインゲン豆だった。ご飯とおかずにあうようにそれぞれ味の濃さが調整されていてすごく美味しい。焼き鮭は真人のお弁当と半分ずっこみたいだ。
「……昨日、結婚も友だちもやめて別れたらって話をしたけど、世ちゃんは夫夫ごっこしたあと別れるってパターンを考えてる?」
〝ごっこ〟もうまくいかずに別れたら。
「うん……考えた」
「どういうふうに?」
「まこ以外のひとで、……ひとりエッチするの、無理かもな、とか」
真人も玉子焼きを頬張りながら「うん」とうなずく。
「キスとセックスもおなじだよ。そういうことまでして別れたりすると思う?」
「思うよ。だってみんなキスもセックスもデートも同居もして、親とか友だちにも祝福されて、それでも離婚するじゃん」
「ほかのひとじゃなくて俺と世ちゃんの話」
「え、まこと俺……?」
手を止めて、うつむいてお弁当を見おろして、真人と俺……、と想像した。
「……可能性はあるよ。未来のことなんてわからないから」
「へえー……」
真人が呆れたような、ちょっと小ばかにしたような口調で相づちを打った。
「でも俺とキスとセックスしたいのはなんでなんだっけ」
「……いまよりもっと、まこの傍にいられるって、思うから」
「ふーん……」
また見下げた感じの相づちと眼差し。
「なんだよ」
「べつに。俺は世ちゃんのそういう臆病なところもずっと好きだなと思って」
口のなかに再びあの日の棒スナックの味が蘇ってきて、舌で歯をこすりあわせた。
「……うん。俺もまこのこと昔からずっと好き」
お茶を飲んだ真人が、はあ、と息をつく。
「世ちゃんって結構ばかだよね」
「なっ、なんだよ急に酷いなっ」
お茶のコップと箸を置いて、真人がまた俺に顔を寄せ、左耳を噛んできた。甘く噛んでから舌で耳たぶを舐めて吸ってくる。
「やっ、……な、」
ぬらぬら舐めて引っぱられる感触が不快なのになぜか気持ちよくて、ぞくっとなる。
「……学校でいちゃつくの嫌いだから、今夜キスしよう」
耳下の顎も、れると舐められた。じゅ、うぶん……いちゃついていると、思うんだけど。
「予告されると……どきどきするだろ」
口を放した真人が「ふふ」とおかしそうに笑った。
「そうだったね。このちっさい頭のなかでいろいろ妄想しておいてよ。世ちゃんがそうやって俺のこと四六時中考えていてくれるの、俺嬉しいから」
真人が野菜の肉巻きを俺の弁当箱にひとつ入れてくれる。
「俺、まこのこと考えない日ないよ」
「へえ、本当?」
「あたりまえじゃん。夕飯だって毎日作りに来てくれるし」
「〝今夜の献立なにかなー〟じゃないんだよ、俺が言ってる〝考えてもらう〟って」
真人の目がこわい。
「……うん。ちゃんと〝好き〟ってこと考えてる」
「たとえば?」
「たとえば、って……」
記憶を遡ろうとしたところで、ばたん、と屋上扉の音が鳴り響いた。
「木崎く~ん?」
「あれ、屋上じゃないのかな? 城島と階段あがってったよね?」
「だと思うけどー……――あ、いたいた~!」
大声で話しながらこっちへ向かってくるのはうちのクラスの女子ふたりだった。アオキが「ちょっとあんた照れてる?」とからかって、ナツミは「るっさいばか」と赤らんだ声で返し、色恋に染まったピンク色のオーラをただよわせている。
「食事中ごめんね。うちら城島とおなじクラスの二年なんだけどすこし時間もらっていい?」
ふたりが真人の前に立ってナツミが話しかけた。アオキは俺のほうを向き、注意をそらすかのように「お弁当可愛いじゃん」と笑う。「あ、うん……」とこたえる声が小声になった。
きっと、ナツミは真人に告白する気だ。
「すみません。いま無理なんで今度にしてください」
真人が聞いたことのない冷酷な声音で突っぱねた。
「木崎君、いつ頼んでも時間くれないじゃん」
「暇じゃないんです。大事なひとのために生きてますから」
「なに大事なひとって。……彼女いるの?」
顔をあげて、真人がナツミを見返した。怒りのにじむ恐ろしく残酷な表情をしている。
「……世界でいちばん嫌いなんですよ、その質問」
ナツミも唇を噛んで、あからさまに怯えて竦んだ。
「な、んで……わたし変なこと訊いた?」
「変どころか不愉快です」
「なんでよ。恋愛嫌いとか? でも大事なひとがいるって言ったよね」
はあっ、とため息を吐き捨てて、真人が弁当箱と箸を横に置いて立ちあがる。
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